LOVE or LUST
冷たい床に響く足音が普段よりも大きく聞こえるのは、今が深夜であり、この場所が静まり返っているからだ。
しかし理由はそれだけではない。
必要以上に強く踵を打ちつけ、周囲の静けさに配慮する気持ちも無い歩き方をしているのは、アルベルトが確かに苛立っている証拠だった。
歩き慣れているはずの薄暗い廊下が、うんざりするほど長いものに感じるのもその所為だ。
さっき飲んだ安酒が悪かったのか―――アルベルトは思った。
体内にも頭の中にも熱が籠もっているようで、酷く不快だ。
ぐるぐると体中を何かが駆け巡っていて、早くこれを解放したい、早く熱を冷ましたい、
そんな欲求が、彼の部屋へと向かうアルベルトを足早にさせていた。
扉に鍵は掛かっていなかった。
もしや彼は自分の訪問を待っていたのではないかと、そんな馬鹿げた期待がアルベルトの頭を過ぎった。
しかしたとえそれが真実だったとしても、どうということはない。
そんなことで互いの関係が変わるわけもないということぐらい、彼は充分に承知している。
無遠慮に開けた扉の向こう、部屋の中は僅かに明るかった。
いつでもカーテンを少しだけ開けておくのは、単なる癖なのか、それとも何か別の理由があるのか、アルベルトは尋ねたことがない。
窓から差し込んだ微量な星明りが、床の上に細く鋭い白線を描いている。
アルベルトは視界の奥に捉えていたベッドで人影が動くのを確認すると、そちらへ向かって真っ直ぐに近づいていった。
「……アルベルトか。どうしたんだ」
ベッドの上で半身を起こしたルックが、暗闇の中、怪訝な声で呟く。
まだ深い眠りについていたわけではないのか、その声も表情も昼間見るそれとほとんど変わりない。
ただ少し髪が乱れている程度だ。
深夜の訪問にしては乱暴なアルベルトの様子に、ルックは腹を立てるよりも寧ろ困惑していた。
アルベルトはベッドの傍で立ち止まると、ただルックを見下ろしているだけで何も答えない。
「アルベルト?」
いつもと違う空気を感じ取って、ルックはもう一度その名を呼んだ。
しかしアルベルトはやはり何も答えず、不意に身を屈めてベッドの上に乗り上げた。
そしてぶつけるように唇を重ねると、勢いでルックは仰向けに倒れこんだ。
「……っ!」
驚きに開いたルックの唇に、すぐさまアルベルトの舌が入り込む。
口内を滅茶苦茶に掻き回し、息をつかせる暇も与えないほどに、アルベルトは激しいくちづけを与えた。
やはり、いつもの彼じゃない。
何があったのか。
ルックがそう尋ねたくとも、アルベルトが解放してくれる気配はなかった。
ルックは息苦しさに眉を寄せながら、必死に顔を背けようとする。
しかしアルベルトは執拗に唇を貪り続ける。
溢れた唾液がルックの唇の端から、顎の方へと伝っていった。
ルックは足をばたつかせ、アルベルトの背中を強く叩いた。
するとアルベルトはルックの腕を掴み、シーツに押し付けてその自由を奪った。
「ん……ぐ…っ」
ルックは尚も、顔を左右に振ろうとした。
しかし、どうにもならない。
強情なアルベルトに耐え切れなくなったルックは、とうとうアルベルトの舌に歯を立てた。
「……!!!」
その痛みに、アルベルトが咄嗟に離れる。
ルックは息を弾ませながらも、この機会を逃すまいとして跳ねるように飛び起きた。
「なんなんだ、お前は!」
思わず、怒鳴りつける。
くちづけること自体が嫌だったわけじゃない。
ただ訳が分からないままにされるのが気に入らなかっただけだ。
鼻の奥には仄かにアルコールの香りが残っていたが、アルベルトがそれほど酔っているようには見えなかった。
アルベルトは口元を押さえながらルックを一瞥すると、そのままベッドの縁に腰掛ける。
何も答える気はないようだった。
「……何かあったんだろう? そうでなきゃ、お前がこんなことするはずがない」
こんな風に感情を露わにするアルベルトは珍しい。
ルックの口調は既に穏やかだったが、アルベルトの中にある苛立ちは少しも拭われてはいなかった。
「何もありませんよ」
アルベルトは乱れた前髪をかきあげ、暗い天井を当て所も無く見上げた。
何かあったといえばあったし、無かったといえば何もない。
思い出すのも鬱陶しかった。
それに今となっては、そんなことどうでもよかったのだ。
アルベルトは長い溜息をつくと、吐き捨てるように答えた。
「ただ、頭の固いクソジジイどもにうんざりしただけです」
それを聞いて、ルックは唖然とした。
アルベルトの口からそんな下卑た言葉が出てくるとは思いもしなかったのだ。
なんとも新鮮な驚き。
ルックは思わず笑いを漏らした。
「……なにか?」
「いや、別に。お前もそんなことを言えるんだなと思って」
「……」
議会で何か腹の立つことでもあったのだろう。
お偉方というのは大概保守的で頭の固い生き物だ。
アルベルトがいくらシルバーバーグ家出の切れ者軍師であっても、今の地位ではまだ若造扱いは免れない。
それにしても、よほど腹に据えかねたのか。
考えているうちに、ルックは次第に愉快な気分になってきた。
「それで僕を抱いて、憂さ晴らしをしようとでも思ったのかい? 僕も随分と軽く見られたものだね」
わざと意地悪く言ってみたものの、アルベルトは黙ったままだった。
そう思われても仕方が無いとは思った。
しかしアルベルトの中にあったのは、もはや別の欲求だったのだ。
だからアルベルトは黙っていた。
「いいよ」
「……?」
アルベルトは顔を上げた。
ルックが白く細い手を、ゆるりと差し出す。
「いいよ。抱かせてあげるよ」
暗闇の中、ルックの笑みと白い手がぼんやり光を放っているかのように見えた。
その姿は酷く淫靡で、アルベルトは冷えかかった熱が再び戻ってくるのを感じた。
しかしいいよと言われて、はいそうですかと抱けるものか。
アルベルトは顔を顰め、ゆるゆると首を振った。
「遠慮するなよ。面白いものを見せてくれた御礼さ」
「面白いもの……」
「そうだよ。お前らしくないお前は、充分面白かったからね」
また思い出したのか、くすくすと笑いながら、ルックはアルベルトににじり寄る。
その声も、表情も、体も、全てがアルベルトを捕らえた。
ああ、そうだ。
私が、欲しかったものは―――。
熱が満ちていく。
何かが、疼いた。
「……本当によろしいんですね」
「もちろん」
アルベルトはルックの頬に掌を添え、くちづけた。
今度はルックも抵抗しなかった。
柔らかな舌が、いつしかどちらのものとも分からないほどに絡み合う。
アルベルトはそのままルックの体をシーツの上に倒した。
吸い付いてくる唇を味わいながら、幾度も離れては重ねあうのを繰り返す。
アルベルトは服の下に手を差し入れると、小さな胸の尖りを押し潰した。
「んっ……」
ルックが鼻に抜ける声を上げる。
どうすれば彼が感じるのかは、とうに知っていた。
アルベルトは執拗にその尖りを弄り、
やがて唇をそこに移動させ、舌の先で突くようにすると、ルックは胸を反らして喘いだ。
「あっ……ぁ…は……」
身悶える甘い声が、耳をくすぐる。
頭の中と体の内に戻ってきた熱が、アルベルトを昂ぶらせた。
欲しかったのだ。
この体が。
この声が。
この男が。
苛立ちの中、最初に思ったのがそれだった。
今やその欲求は完全にアルベルトの心と体を支配して、指先を、舌を勝手に動かしていく。
剥き出しにさせた腹の上を唇が滑り、一点をめがけて降りてゆく。
ルックがアルベルトの髪に触れた。
「はぁ……っ……あ……」
期待しているような短い喘ぎを吐き出しながら、ルックは腰を突き出す。
下着を下ろすと、中からは形を変えた中心が姿を現した。
先端は既に濡れて、雫を湛えている。
「あ、はぁっ……」
唇をつけると、ルックが甘い溜息を吐く。
手を添え、それを口内に含んだ。
舌を絡ませながら顔を上下させると、ルックの声があからさまに変化した。
「ああっ、あぁ……んっ……は…ぁっ……」
目線をあげると、ルックと目が合った。
自分が舐められているところを見ているのだ。
そのいやらしさに、アルベルトはルックの中心を強く吸い上げた。
「あっ! あぁっ……!」
ルックは仰け反り、アルベルトの頭を押さえつけながら喉を見せた。
激しく顔を動かすと、ルックの腰がそれに合わせて揺れる。
がくがくと震えながら閉じかかる膝を、アルベルトは押さえつける。
「あっ、いや、だっ、は、ぁっ……い、イイっ……もう……」
口内のそれは硬度を増し、びくびくと脈打っている。
アルベルトは唇を離し、それでも尚、先端に舌を這わせながらルックを見上げた。
ルックはハァハァと息を弾ませながら、せつなげにアルベルトを見下ろしている。
「アルベルト……」
掠れた声で呼ばれ、アルベルトは自分の前をくつろげた。
服を脱ぐのももどかしい気がして、そのまま既に硬くなっているものをルックの後ろにあてがう。
ひくひくと痙攣しているその場所に、アルベルトは腰をぐいと進めた。
「んっ……」
苦しさを堪えるような表情で、ルックが眉を寄せる。
アルベルトはその中を味わうように、ゆっくりと中心を沈めていった。
内壁が蠢いて、アルベルト自身を包み込む。
貫いていくそこに、熱が集まる。
「はっ……あぁ……」
根元まで埋めると、ルックは潤んだ瞳でアルベルトを見上げながら、早く、と呟いた。
アルベルトがゆっくりと腰を使い始める。
出て行くときの奇妙な感覚と、貫かれるときの快感。
ルックはゆらゆらと顔を揺らしながら、その熱に酔った。
やがてアルベルトの動きが速くなっていく。
「あっ、あっ、あっ、んっ……」
口元に拳を当て、声を堪えようとする。
シーツの上に広がる髪が揺れる。
ベッドがぎしぎしと音を立て、やがて汗ばんだ皮膚のぶつかりあう音と、繋がった部分から漏れる水音が混じっていった。
暗闇の中に蠢く獣だ。
アルベルトの肌にも、次第に汗が浮かんでくる。
早く熱を解放したいという欲求と、いつまでも彼を貫いていたい欲求とが入り混じる。
こうして繋がっていると、とても近い存在のような気がしてくるから不思議だ。
しかしそうではない。
ここまでしてもまだ、彼を取り巻く薄い膜のようなものを取り除くことは出来ない。
それはきっと永遠に不可能なのだろう。
何故、この男でなければならないのか。
理由は探せば見つかるのかもしれないが、そんなものは無意味だ。
だが自分が欲しているのは確かにこの男で、彼は今自分と繋がっている。
彼はそのことを分かっているのだろうか。
自分を抱いているのが誰なのか、分かっているのだろうか。
アルベルトはその想いをぶつけるように、自分自身でルックの中を掻き回した。
ルックは泣き声のような声を漏らし、揺らされるままに快感を貪った。
あの冷たい仮面の下に、このような猥らな表情が隠れていると誰が思うだろう。
「……んっ、あっ、アルベル、ト……も、う……っ……」
そそり立ったルック自身から、蜜が糸を引いている。
アルベルトがそれを握り締めると、ルックは自分から腰を揺らした。
「も……イク…っ……出るっ……」
アルベルトはルックを貫きながら、手を激しく動かした。
ルックはシーツを掴み、子供がイヤイヤをするように顔を左右に振る。
「あっ、イク……ほんと、に……も……あ、あぁぁっ―――……!」
ルックの全身が強張り、アルベルト自身をも締め付ける。
アルベルトの手の中から、びゅるりと白濁した液体が飛び散った。
アルベルトは尚も激しく腰を打ちつけ、そのたびに音を立てそうな勢いでルックが精を放つ。
それは着たままだったシャツにまで飛び散り、ルックは幾度も体を震わせた。
「くっ……!」
そしてアルベルトもせり上がって来る物を堪えきれず、彼の中に自身の精を放った。
待ち焦がれていた放熱の快感に、一瞬気が遠くなる。
「は…ぁ………」
アルベルトは一気に脱力して、そのままルックの上に倒れ込んだ。
激しく上下する胸が重なり、二人は暫く快感の余韻に浸っていた。
「……少しは……気が、晴れた……?」
まだ呼吸の整わないままに、ルックが尋ねる。
「……そう、ですね」
「なに、その中途半端な返事」
「まだ……」
「は?」
「まだ少し、残っているような気がします……」
ルックはまた笑いだした。
「今日のお前は本当に面白いよ」
ルックはそう言ったが、アルベルトはまったく面白くなかった。
まだ欲しい。
この男が欲しい。
この男でなければならない。
抱いた後には、その欲求が増しただけだった。
これが肉欲か愛情かなど関係ない。
理由などない。
必要ない。
ただ、彼が欲しいと思った。
それだけだった。
- end -
2007.01.22
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