Hurt


気休めのようなノックをしただけで、返事も待たず部屋に足を踏み入れた。
部屋の主はベッドの端に腰掛け、額に手を当てて俯いていた。
その姿はただ考え事をしているだけのようにも見えたし、多少くたびれているようにも見えたが、 アルベルトは取り立てて気にもしなかった。
「ルック様、今後の予定ですが……」
手にしていた数枚の紙切れに目をやりながらルックの傍に立つが、反応が無い。
「ルック様?」
「ん、ああ」
気の無い返事と共にルックが顔を上げる。
その顔を見た途端、アルベルトは眉を顰めた。
「具合がお悪いのでは?」
「いや、平気だ」
嘘だとすぐに分かった。
アルベルトはルックの前髪をかきあげ、額に掌を当てる。
ルックが一瞬、身体を強張らせた。
「熱があるようですね」
言い終わる前に、ルックはアルベルトの手をまるで汚いもののように払い除ける。
それから書類を乱暴に奪い取り、わざとらしく目の前に掲げながら眺めた。
紙は少し破れ、歪んだ。
「これを読んでおけばいいのか」
「一日だけならば、日程は変更できます」
「平気だと言っている」
「下で薬を貰ってきましょう」
「……アルベルト」
既に半分背中を向けていたアルベルトの足を、威圧的で冷たい声が縫い止める。
肩越しに振り返ると、底冷えのするような眼差しが向けられていた。
「僕は君に失望したくない。余計なことはしないでくれないか」
ルックの科白に、アルベルトは間髪入れずに答える。
「同感ですね。無意味な意地を張るのがお好きなようだ」
「……最初に言わなかったかな。僕といるときには、僕に従ってもらうと」
言い含めるような口調。
黙り込んだアルベルトを見て、ルックは唇の端を吊り上げるだけの笑みを浮かべた。
そしてその笑みを顔に貼り付けたまま、手にしていた書類をバサバサと床の上にばらまく。
「聞こえなかった? もう一度、言おうか?」
「……いえ、承知しました」
アルベルトは部屋を出ることを諦め、もう一度ルックの傍に立った。
散らばった書類を拾い集めようと彼の足元にしゃがみ込んだとき。
「……っ」
ブーツを履いたままの足が、無造作に肩に乗せられた。
さすがのアルベルトも、不快感を露わにしてルックを睨みつける。
その反応はルックを随分と楽しませたらしく、彼は心から愉快そうに目を細めた。
「そんなに怒らないでよ。君にはもっと他にしてほしいことがあるんだから」
くすくすと笑いながら言って、ベルトに手を掛ける。
アルベルトの顔からすうと険しさが消え、いつもの無表情に戻った。
肩の上の足をまるでただの荷物のように床に下ろすと、開かれた彼の両足の間にゆっくりと顔を落としていった。

口に含み、舌で包み込む。
柔らかだったそれはすぐに熱をもって、アルベルトの口内を満たしていった。
唇で形をなぞって、時折強く吸い上げる。
張り出した部分を円を描くように舐る。
「ふ…ぅ……」
ルックは溜息のような声を漏らしながら、見下ろした紅い髪を指先に取って弄んだ。
―――脆い関係。
そこには信頼も、強制力さえもない。
ルックはアルベルトがいつ自分を裏切っても可笑しくないと思っていた。
彼は紋章の力を恐れていない。
そして信じてもいない。
だからこそ、彼に声を掛けたのだけれど。
「あ…っ」
先端の溝に尖った舌を入れられて、ルックの膝が跳ねた。
指に巻きつけたままの髪を、無意識に強く掴む。
アルベルトの舌は執拗なまでに、敏感な内側を舐め続ける。
「ぁ…そこ……いい…っ………」
甘い声をあげ始めたルックを追い立てようと、アルベルトは根元を押さえながら与える刺激を強めていく。
輪郭を辿るたびに彼の唇からは唾液が溢れ、顎を伝っていった。
湿った音は絶え間なく響き、吐き出す熱い息とともに部屋の空気を濃くしていく。
ルックは熱のせいか視界がゆらゆらと揺れだすのを感じていた。
「…ハァ……あッ、あぁ………」
ともすれば閉じそうになる足が、掌で押さえつけられる。
快感を追い求めて、ルックの背中は次第に丸まっていった。
相変わらずアルベルトの髪を強く掴んだまま、ルックはアルベルトの頭を抱え込む。
「ん…もっと……もう少し…………」
独り言のように呟きながら、やがて堪えきれず自らも腰を揺らす。
ベッドが軽く軋んで、濡れた音に混じる。
「ア、あッ……ん……も…イきた…ッ……」
強請る仕草と言葉に応えて、アルベルトはルックを一際強く吸い上げた。
「あァ……っ!」
根元を押さえていた指を離した瞬間、ルックの身体が大きく震えた。
アルベルトの喉を、温かい迸りが打つ。
何度も下肢を震わせながら吐き出されたそれを、アルベルトは全て飲み込んだ。

口元を拭いながら顔をあげると、ルックは恍惚とした表情でアルベルトを見下ろしていた。
熱と快楽に潤んだ瞳が揺れる。
「……いれたい?」
「……ええ」
無表情なままにそう答えるアルベルトが可笑しくて、ルックはくすりと鼻を鳴らした。
アルベルトは立ち上がって前をくつろげると、ベッドの上に乗り上げる。
ルックの熱い身体を押し倒して、足の間の狭い場所にいきなり指を挿し入れた。
「んぁ……っ」
前から伝い落ちたもののせいで、後ろは既に濡れそぼっていた。
アルベルトはすぐに指を増やし、纏わり付いてくる内壁を擦り上げる。
わざと音が立つように、くちゃくちゃと中を掻き回す。
「あっ、ァ、ぁっ」
軽い痛みがかえって心地よい。
もっと酷くしてくれればいいのに、と思う。
アルベルトを怒らせたくてやったことも、あまり効果はなかったようだ。
それでもいつより少しは乱暴かもしれない。
やがて指が抜かれ、両足を抱え上げられる。
同時にアルベルトの熱い屹立が、ルックの中を一息に貫いた。
「あぁッ……!」
急激に押し寄せる圧迫感に、意識が遠のく。
そのまま気を失いたい衝動に駆られるが、激しい突き上げがそれを許さない。
億劫な瞼を開け、アルベルトの顔を見上げる。
なんの感情も表さない瞳がこちらを見下ろしている。
―――これが人を抱いているときの顔だろうか?
なすがままに貫かれながら、ルックはアルベルトの頬に手を伸ばした。

そもそも彼を計画に引き入れようと思ったのは、利害の一致よりも寧ろ別のところにあった。
一言で言うならば、彼は躊躇わない男だと思ったから。
それは自分自身が迷っているという何よりの証拠でもあったのだけれど、 そのときには彼のような協力者が自分にはどうしても必要だと信じていたのだ。

目的を達成する為にはどんな手段も厭わない男だろうと思った。
同情、労わり、慰め、優しさ、そんな邪魔な感情の全てを、 まるで初めから無いもののように思わせてくれると思った。
それなのにどうだろう。
こうしていると、こんなにも悲しくなる。
それは何故だ?

「アルベルト、お前は…………あッ…!」
「……」
なにかを察知したかのように、ルックが言葉を続けられないようアルベルトは腰を強く打ちつける。
再び立ち上がりかけている彼自身にも構わず、ただ自分の欲望だけを満たすために突き上げる。
繋がれた部分の熱さに、なにもかもが溶けてしまいそうだ。
全身に汗が浮かぶ。
そのときアルベルトは下肢を何かが駆け上がってくるのを感じた。
「…くッ……ぅ………!」
唇を噛みながらアルベルトが呻いた。
一瞬の緊張の後、ぶるりと腰が震える。
ルックはシーツの上で呆然としながら、身体の奥に注がれるものを受け止めていた。
やがて全てを放出し終えると、アルベルトはルックの横に力なく身を投げ出した。

隣りにうつ伏せたアルベルトの指先が、肌に僅かに触れている。
ルックはその小さな熱さえも手離して、両腕を交差させて顔を覆った。
「……ごめん」
何に対する謝罪なのか、ルック自身にもよく分からなかった。
ただアルベルトと自分とは違う。
もっと残酷に傷つけてほしいと願うのは、アルベルトに対する侮辱だと思った。
アルベルトが答える。
「……何か仰られましたか?」
本当に聞こえなかったのだろうか。
疑わしくはあったが、どちらでも良かった。
ルックはさっきよりも少しだけ大きな声を出すように努力した。
「薬、貰ってきてくれないかな」
「……かしこまりました」
アルベルトが笑ったような気がした。

- end -

2003.03.15


Back ]