HOLY


それは、とても唐突な要求だった。
「雪が、見たいんだ」
アルベルトは窓の外に目を向ける。
空は少し霞んではいたものの、薄日が射していてとても雪が降りそうには無い。
「雪……ですか」
明らかに困惑している呟きに対して、「見られる場所がある」とルックは言った。
「お前も、付き合ってくれるかい?」
命令では無いようだったから断ることも出来たのだろうけれど、アルベルトはそうしなかった。

ルックの転移魔法で一瞬にして辿り着いたその場所の風景に、アルベルトは全く見覚えが無かった。
目の前には一面の雪景色が広がり、重く垂れ込めた空からは未だ粉雪が降り続いている。
いったいここは何処なのだろうか。
しかし何故か尋ねるのが憚られて、アルベルトはただ沈黙を守っていた。
無言で歩を進めていくルックに付いていく。
まるで白い砂漠を歩いているようだ。
やがて地面は緩い傾斜を辿り、二人は小高い丘の上に立った。
「あそこ―――」
ルックが指し示した先には、小さな集落が見えた。
否、集落の残骸、とでも呼ぶべきか。
人が生活をしている気配が無いのは、遠目にも分かった。
「あの村でも、多くの人が死んだよ」
ルックは無表情に、淡々と語る。
「あの日も雪が降っていてね。夥しい量の血が、白い雪を赤く染めているのを見た。 僕が辿り着いた時には、生きている者はもう誰もいなかった……」
白い世界。
音も無く降り続ける雪。
息絶えた村。

恐らくあの村の人々は、何らかの戦いに巻き込まれてしまったのだろう。
ルックがどういった経緯でそれに関わったのか、アルベルトには分からない。
けれどその時の光景が、ルックの中に強く焼き付いているのであろうことは想像に難くなかった。
そして同時に彼の中に沸き起こった感情が、悲しみや同情ではなく、怒りだったのであろうことも。
「……不思議なんだ」
ルックが空を仰ぎながら、呟く。
「これほどまでに無彩色で静寂に包まれた世界なのに、それでも僕が見ている世界の終焉とはまるで違う。 この雪でさえ暖かいと感じるほどに、違っているんだ……」
舞うような粉雪が、次々とルックの上に降り注ぐ。
なだらかな頬に落ちた雪は瞬く間に溶け、涙に似た雫となった。
アルベルトにはルックの姿が、酷く神聖なものに見えた。
多くの命を奪おうとしている男を、神に逆らおうとしている男を、神聖などと思うのは間違っているのだろう。
自分には不似合いな思考であることを承知の上で、それでも彼の体を薄く覆い始めた雪が、やがては聖なる羽根に変わるのではないかと、アルベルトは思わずにいられなかった。

アルベルトはルックの後ろから手を回し、彼の瞳を両の掌で覆った。
「アルベルト……?」
「もしもあなたが望まれるのなら、今ここであなたの命を絶って差し上げましょう。あなたが頷かれたとしても、私はあなたを卑怯だとは思わない」
「……」
ルックは暫く沈黙した後、ゆっくりとアルベルトの手を外した。
眼前に、再び白い風景が広がる。
ルックは振り返り、アルベルトの顔を見上げた。
「……ありがとう」
心からの言葉だった。
アルベルトが協力者としてではなく、軍師としてでもなく、そう言ってくれたことが分かったからこその気持ちだった。
人は争わずに生きていくことなど出来ない。
それを悲しんでも仕方の無いことだ。
けれど時に、何も見ず、何も聞かずにいたいと思うことがある。
それがなんの解決にもならないと、分かっていても。
「そんな顔を、するなよ」
苦笑しながら言って、ルックはアルベルトの頬に触れる。
アルベルトは自分がいったいどんな顔をしているのか、敢えて考えないようにしていた。
そしてそのまま、ルックの冷えた体を抱き締めた。

―――神よ、人はどれほど傷つけば許されるのですか。

降り続ける雪の白ささえ、今はただ疎ましく。

- end -

2006.12.14


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