Fake


躊躇ってなんかいないと、彼は何度も自分に言い聞かせてきた。
他に道は無いのだと、これが最善の方法なのだと思ってしまった日から、 そうしなければ立っていられなかったからだ。
確かに、求めれば求めるほどに追い詰められていった感はあっただろう。
窓際に立ち、外を眺める。
懐かしさなど全く感じなかったけれど、彼はこの景色を確かに知っていた。
胸の内に重く垂れ込めた暗雲が、目の前の風景と奇妙にシンクロしている。
「ルックさま」
注意を惹き付けようとする、少し棘のある声が呼んだ。
「うん」
話なら聞いている、と言わんばかりに面倒臭そうに返す。
それでも視線は相変わらず窓の外に向けられたままだった。
「……気分が優れませんか」
結局、アルベルトは話を続けるのを諦めたようだった。
―――そんな顔をするぐらいならやめておけばいいものを。
気遣うような言葉の裏で、そう嘲笑されているのだろうと思い込む。
それは自分にその自覚があるせいだ。
要するに単なる被害妄想である。
「まあ、楽しくはないね」
「……楽しむようなことでもないでしょう」
言いながらアルベルトはテーブルを離れ、窓際に立つルックと並んだ。
「悪趣味な輩は一人で充分です」
「悪趣味? 僕には羨ましいけどね」
「ご冗談を」
「似たようなものだろう」
ルックは唇の端を歪めながら、自分とユーバーの差はなんだろうかと考える。
行動原理が明確な分、ユーバーのほうがまだ分かりやすくていいとさえ彼は思っていた。
ただの器なら感情など持たせる必要はなかっただろうに、術はあまりにも完璧すぎた。
もっといい加減に造ってくれれば良かったのだ。
「無駄に上手く造りすぎたってことかな」
吐き捨てて、紋章の宿る右手を見つめる。
呪われし者の証が酷く滑稽なものに思えて、ルックは喉の奥で笑った。

「そんなに上手く造られていますか」
不意の問い掛けに笑うのを止め、ルックはアルベルトを見上げた。
常に理性を忘れず、機械のような正確さで仕事をこなす敏腕軍師は、 いつも無表情で、決して感情を覗かせることはない。
だからだろうか、なんとなく興味が湧いたのは。
ルックは再び唇の端に笑みを浮かべる。
「ああ……上手く出来てるよ。普通の人間と変わらない」
「そうですか」
「……確かめてみる?」
「……確かめてほしいのですか?」
「……」
どう答えようかと思いあぐねた、その僅かな合間だった。
アルベルトは突然ルックの手を掴み上げると、窓横の壁にその細い手首を乱暴に縫い止めた。
「痛ッ……!」
思わず声を上げるが、アルベルトは気にする様子もない。
もう片方の手首までが同じように壁に押しつけられる。
まるで磔のような格好にされ、ルックは怒りと怯えの入り混じった目でアルベルトを睨みつけた。
「へぇ……随分と乱暴なんだね。意外だよ」
「私が優しくないことぐらい、ご存知かと思いましたが」
「……手を離せ。痛い」
「お断りします」
「……!」
怒りをぶつける間も無く、唇を唇で塞がれた。
柔らかなそれは思いのほか熱っぽく、ルックは一瞬たじろいだ。
―――崩れる。
そんな言葉が浮かんだのは、他人と触れ合うことなど長いこと無かったせいかもしれない。
だからといってキスだけで自分を失くすなんて有り得ないと、その時はまだ思っていた。
「…んっ………」
息苦しさに顔を背けようとしても、アルベルトは口づけを緩めない。
それどころか歯列を割って滑り込んできた舌に、舌を絡め取られてしまった。
苦しい。
吐息だの、体温だの、いろんなものが混じり合って、 自分の形が曖昧になっていくような錯覚を覚える。
―――崩れる。
そのとき両の手首が自由を取り戻していることに気づいて、咄嗟にアルベルトの背中に縋りついた。
突き飛ばすことも出来たはずなのに、実際にやったことはその逆だった。
こんなはずじゃない。
何故こんなことをしているのか分からない。
分かっていることはただ、意識と身体が次第に離れはじめているということだけだ。
「ん、ふ……は…………」
角度を変えるたびに、唇の端から無意識の甘い吐息が漏れる。
それは明らかに情欲を伴った湿り気を含んでいた。
ぴちゃぴちゃと舌の絡み合う音が、聞きたくないのに聞こえてしまう。
心臓がガンガンと早鐘を打つ。
「んんッ――……!」
アルベルトの手がルックの腰を抱き寄せた。
それと同時に膝を割って入ってきた太股が、下肢に強く押しつけられる。
圧迫感と共に訪れた刺激に、唇を塞がれたままルックは声を上げた。
アルベルトはまるでその反応を楽しむように、 ぴったりと身体を密着させながら口内を蹂躙しつづける。
「ん……ンッ…………」
長すぎるくちづけに涙が滲んでくる。
アルベルトは自分を蔑んでいるのだろうか。
それとも哀れんでいるのだろうか。
ともあれこんな風に誰かの腕に抱かれるのは久し振りだった。
上手く造られすぎた身体は与えられる刺激に余りにも正直で、ルックは膝が震え出すのを抑え切れなかった。
「……お辛そうですね」
「はっ……」
漸く唇を解放され、大きく息を吐く。
それでも乱れた呼吸では、アルベルトに一言言ってやれるだけの余裕はまだ無かった。
ルックの紅潮した頬と濡れた瞳を見て、アルベルトはクスリと笑う。
「……ここはどうですか?」
「!!!」
勃ちあがりかけた中心をするりとなぞられて、ルックは全身を震わせた。
なんの意味があってここまで精巧に造ったのだ。
向ける相手のいない恨み言が頭の隅に浮かぶ。
唇を噛み、羞恥に頬を染めるルックを見て、アルベルトは何処か嬉しそうだった。
「……そんな顔をなさるとは。初めて見ました」
耳元で囁かれて、腰から背中を甘い痺れが走る。
少し掠れた、低い声だ。
アルベルトの指が何度も何度も布地の上の膨らみを往復する。
その度に身体の奥の熱は増していった。
「どうですか? もっと触れてほしいですか?」
「く……ぅ………」
「答えてください」
「は、ぁ……」
崩れそうな身体を、アルベルトの背に縋り必死で支える。
腰に回された手。
目の前にあるアルベルトの胸。
頬を滑る唇。
その熱を感じながら、ルックはもうどうでもいいような気持ちになってきた。
所詮、この身体は造り物なのだ。
出来損ないのレプリカが、どんな目に合おうと知ったことじゃない。
どうせこの命さえ自ら消そうとしているのだから、恥ることも躊躇うことも必要ないではないか。
意地悪く、擽るように這う指先に、ルックはいつしか自ら中心を擦りつけていた。
妖しく腰を揺らめかせ、まるで強請るように。
「あっ、ん、ぁ……」
「ルックさま?」
「は…ぁッ……」
「……このままでいいのですか?」
「…ッ………」
堪えきれず小さくかぶりを振ったルックに、アルベルトは満足げな笑みを浮かべる。
ゆっくりとジッパーを下ろし、下着の中へ手を差し入れてやった。
「あァッ……!」
待ち構えていた感触に、ルックは溜息のように喘ぐ。
アルベルトの手に冷たいものが付いた。
既に零れていた蜜が下着を僅かに濡らしていたのだ。
「……随分と感じやすい」
「…あ……はぁ…ぁ……」
微笑を含んだ声にからかわれても、もう怒りは感じなかった。
寧ろもっと強い刺激と、欲望の解放だけを願ってルックはアルベルトに身を任せる。
硬くなった中心に絡んだ指は、わざとクチクチと音を立てて敏感な皮膚を擦りあげていた。
「……これではすぐに達してしまいそうですね」
「んっ……」
耳たぶに感じる唇の動きに、ルックは首を竦める。
かかる吐息が熱い。
ふと、思う。
今、アルベルトはどんな顔をしているのだろう―――?
滲む視界の中で、ルックは至近距離にあるアルベルトの顔を見た。
まるで観察でもするような目がそこにあった。
口元に浮かぶ笑みに、ぞくりと肌が粟立つ。
「……そんな目で見られると困りますが」
囁いて、背中に回されていたルックの腕を解く。
そしてその手を、アルベルトは自ら自分自身へと導いた。
触れたそこは既に熱を持ち、欲望を主張しはじめていた。
「あなたが悪いのですよ」
屹立の言い訳を自嘲交じりに呟いて、そのままルックの手を自分に押しつける。
掌の中で次第に形を変えていくアルベルトのそれを感じながら、 ルックは身体の奥が疼きだしていることに気づいていた。
―――欲しがっている。
理性もプライドも越えた場所で、身体が叫んでいる。
それは騙しようのない、悲鳴にも似た叫びだった。
「……アルベ…ル、ト…………」
乱れる息に肩を上下させて、ルックは途切れ途切れの言葉を吐き出す。
「………なんです?」
言ってしまえば楽になる。
どうせ造り物の身体なのだから。
好きなだけ、欲しいだけ求めればいいのだ。
「…………しい……」
「……聞こえません」
「……………欲し……い…っ……」
顔を見なくても、アルベルトが笑うのが分かった。

「……向こうを向いて。壁に手をついてください」
「……」
冷ややかな声に言われるがまま、アルベルトに背中を向ける。
壁に手をついて強請るように腰を突き出すと、すぐに下肢だけを露わにされた。
「あっ……」
外気に晒された中心が震えて蜜を零す。
アルベルトはその蜜を掬い取り、ルックの後孔に濡れた指を押し当てた。
「……あぁ………」
指がゆっくりと進入を開始する。
薄い皮膚を引き伸ばすようにして少しずつ奥へと進んでは、引き戻される。
そのもどかしい摩擦に焦れて、ルックの身体はアルベルトの指を締め付けた。
「早く……ッ…」
壁に頬を押しあて、腰を揺らす。
アルベルトはルックの中を探るように、その指を増やしていった。
「……痛い思いをするのはあなたですよ?」
「いいから、早く……しろ…ッ……」
「……」
痛みなどどうでもよかった。
それよりも早く満たしてほしかった。
捨てようとしているこの身体を、赤の他人であるアルベルトが気遣う必要などないのだから。
「……分かりました」
ベルトを外す金属音と衣擦れの音がして、やがてアルベルトの手がルックの双丘を掴む。
満たされることを待ち構えて震えている場所に、濡れた先端が押し当てられた。
「……はや、く……ッ…」
搾り出された声を合図に、アルベルトの屹立がルックの身体を一息に貫いた。
「あぁァァァッ―――……!!」
ルックは歓喜の声を上げる。
息苦しいほどの熱が体中に広がっていく。
皮膚を裂かれる痛みさえ、甘美な痺れに変わっていく。
もう何も考えられない。
もっと奥まで貫かれたい。
「ルックさま……」
アルベルトはルックの腰を掴み、引き寄せては突き放した。
きつく締め付ける中の熱さは、蕩けるような快感を与えてくれる。
壁に顔を押し当て、爪を立てるルックの後ろ姿に、思わず我を忘れそうになった。
「あッ、あぁっ、ん…ぅ…………」
アルベルトに突き立てられるたび、声が押し出される。
服を着たままの上半身はじっとりと汗に濡れ、ルックは顔を上気させて息を吐いていた。
熱い摩擦と中を満たす欲望を貪欲に貪る。
本当にこの身体は造りものなのだろうか。
こんなにも熱いのに。
こんなにも震えているのに。
ルックはそそり立った自分のものにそっと指を這わす。
濡れて、解放を求めているそれ。
ぎゅっと握り、アルベルトの動きに合わせて扱くと、 途方も無い快感が全身を支配する。
「…はぁッ! はぁ、んぁっ、あッ」
「く…ッ……」
一層きつく締め付けられ、アルベルトも思わず声を漏らした。
ルックのそれに共に手を添え、達しようとするのを手伝う。
奥を打ち付ける激しさを増しながら、自らも解放を求めた。
「ルックさま……」
アルベルトはルックの背に覆い被さる。
足元から這い上がってくる絶頂の兆し。
ルックの中を掻き回すように腰を揺らし、乱暴に突き上げた。
「アッ、アルベル、ト……も…ぅ………」
卑猥な水音が絶え間なく聞こえてくる。
溢れ出た蜜は糸を引いて床に落ち、そこを濡らす。
「あ……あァッ………」
―――崩れる。
壁に爪を立てる。
額を押し付ける。
目の前が霞む。
「……く………イクっ――……あ………あァッ…!!!」
「―――ッ…!!」
息を詰めた瞬間、出口を求めて堪えていた欲望が勢い良く迸った。
掌の中から散ったそれはぴちゃぴちゃと音を立てて壁と床を白く汚し、 アルベルトが放ったものはルックの身体の奥深くに注がれた。
膝が震えている。
胸が苦しい。
涙がつうと頬を伝った。
造り物なのに。
贋物の身体なのに。

下肢を濡らしたまま、ルックは力無く床の上に座り込んでいた。
「で……楽しかった?」
ルックが放り投げるように呟く。
アルベルトは少し離れたところで、もうすっかり身支度を整えていた。
赤い髪をかき上げ、俯いたままのルックを一瞥する。
「……いいえ」
その返事にルックは暫く黙って、それから「そう」とだけ短く答えた。

贋物の身体。
贋物の生命。

どんなに震えても、どんなに熱くても。

抱いたものは、それだけ。

- end -

2003.01.17


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