Discord
忙しない気配を感じて、重い目蓋を持ち上げた。
実際に側で誰かが、何かが蠢いていたわけではない。
それはあくまでも「気配」だ。
案の定、くすんだカーテンを透かして入り込んでいる陽の明るさは、
既に時刻が朝から昼へと移り始めていることを示していた。
全身の力を総動員して、気怠い四肢を動かす。
なんとか起き上がりベッドの端に腰掛けるまでは出来たものの、そこから立ち上がる気は全くしなかった。
アルベルトは物憂げな溜息をひとつ吐いて、傍らに眠る男の姿を見下ろした。
どう見ても年の頃は、まだ十五、六歳だ。
つんと尖った上唇が酷く生意気そうな印象を与えている。
肌を剥き出しにしている肩や腕は未成熟な少年のそれでしかなく、
頬の膨らみにさえ、そこはかとない幼さが残されていた。
それでも彼は外見上の年齢の、倍の年月は生きている。
こうして眠っている姿からは想像もつかない事実だった。
伏せられた目蓋を縁取っている睫に触れてみる。
指で弾くようにして持ち上げてみるけれど、目を覚ます様子はない。
面白くなって、今度は緩く開いている唇に触れた。
下唇から上唇にかけて形をなぞり、その奥にある硬い歯列を突く。
昨夜、何度も味わった唇。
微かに漏れる規則的な吐息が指先を擽った。
薄い肉と皮膚に包まれた腕は、見た目よりもずっとしなやかに動くのだと知った。
表面はさらりとしていて、少し冷たい。
力を入れて握り締めれば、砂のように崩れてしまいそうではあった。
伸びた腕は途中で折れ曲がり、彼の顔の前に投げ出されている。
身体の下になった腕も同じような形を作って、やはり彼の鼻先に掌を上に向けて投げ出されていた。
その掌に、アルベルトは自分の掌を重ねてみる。
彼の方が僅かに小さい。
華奢な指を意味も無く弄んでいると、思いも掛けず握り返された。
「なにをやってるんだ……」
ルックは薄く目を開いて、鬱陶しそうに言った。
「起きていたのですか」
「今、起きたところだ」
「ちょっと退屈していたもので」
アルベルトが答えると、ルックは思い切り眉間に皺を寄せた。
「起きられないのはお前のせいじゃないか」
「……」
昨夜のことを言っているらしかった。
確かに多少は抵抗されたような記憶もあるが、いつものことと相手にしなかっただけだ。
少なくとも「お前の所為だ」と責められるほどのことをした覚えは無い。
しかしわざわざそんな風に弁解するのも馬鹿馬鹿しいような気がして、アルベルトはただ黙り込んだ。
そのことに返って気を良くしたのか、ルックは更に追い討ちをかける。
「よほど僕のことが好きなんだな」
さすがのアルベルトも露骨に不機嫌な顔になってしまった。
その反応を見たルックは、シーツを顔に押し付けて喉の奥で笑った。
「馬鹿だな。冗談に決まってるだろう」
「……分かっています」
「へぇ。分かっていてそんな顔するなんて、意外と子供っぽいところもあるんだね」
「こんな時だけ年上ぶらないでください」
「年上ぶってるんじゃなくて、実際年上なんだよ」
「……ときどき忘れてしまいますがね」
「お前はいつも忘れているように感じるけど」
ああ言えばこう言うの減らず口。
それでも本気で不快ではないのが不思議だった。
そもそも彼と話していると、アルベルトはいつもどこか調子を狂わされるのだ。
からかわれているだけなのだということは明白なのに、あからさまな挑発にもつい乗ってしまう。
それはきっと彼の持つ少年のような容貌と、それと相反する老獪な言動の所為だろう。
そう思って、自分を納得させるしかなかった。
だって、そうでなければ―――。
「……冗談でなくなるかもしれない」
アルベルトの唐突な呟きにルックは首を傾げた。
「なんだ?」
「いえ、なんでも」
小さく苦笑して、アルベルトは再びベッドに横たわる。
そんなはずがない。
彼との会話を楽しいと思う気持ちなど微塵も無い。
あまつさえ好意を持つなど有り得ないことだ。
アルベルトは目を閉じて、ルックの掌にまた自分の手を重ねた。
「……起きるんじゃなかったのか?」
「やめました」
「は?」
「いいから、放っておいてください」
こういうときは眠るに限る。
そうすれば面倒なことを考えずに済む。
どうせ年下扱いされるのなら、たまにはこんな我侭を言ってみるのもいいだろう。
そしてこのまま二人、眠り続けるのも悪くないかもしれない。
緩く握り返された指先に、そう惑わされそうになった。
- end -
2003.04.28
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