扉
恐らく、俺の予想は当たっているだろう。
初めてあいつと一緒に墓地へ行った時からおかしいと思っていた。
眠い、だるいと言いながら、化人からの攻撃をあっさりとかわす。
目の前に現れた光景に少しも怯まない。
まだ見ぬはずの仕掛けられた罠に、さり気なく注意を促す。
―――こいつはこの場所を良く知っている。
そうなればもう、答えはひとつしかなかった。
床の上に並べた武器を、俺はぼんやりと眺めていた。
剣、鞭、銃、ナイフ、爆薬……その他色々。
調整したり、掃除したり、点検したりしなきゃならないというのに、一向に手につかない。
並んだそれらはどれもこれも物騒な事この上なく、高校生の持ち物としては余りにも似つかわしくない代物ばかりだ。
それどころか普通の人間ならば、一生手にすることも無いだろう。
けれど俺はいつの日かこれを、あいつに向けることになる。
目を瞑り、想像してみる。
あいつはやっぱり気だるそうに、だけど少しの隙も無い気配を纏って俺の前に立ちはだかる。
ゴーグルを通して見えるあいつに、照準を合わせる。
あいつはきっと本気で向かってくるに違いない。
手加減とか躊躇とか、俺には通用しないことを誰よりも分かっているはずだから。
俺は武器を構え、そして―――。
背中がぞくりと粟立った。
俺はあいつを殺してはしまわないだろうか?
他の連中と同じように、あいつを解き放ってやることが出来るだろうか?
俺が心の中に抱いている、あいつに対する特別な感情が、悪く作用することはないだろうか?
突然、部屋のドアをノックする音が響いて、俺は我に返った。
「九ちゃん、いるか?」
甲太郎の声だった。
俺は床を埋め尽くす武器を一瞥する。
今、あいつにはこれを見られたくなかった。
俺は閉めたままのドア越しに話しかけた。
「……甲太郎?」
「ああ。今、忙しいか?」
「う、ううん。でも今、散らかってるんだ。片付けるから、ちょっと待ってて」
「んなもん、今更気にするようなことじゃないだろ」
鍵を閉めていなかったことを後悔する。
甲太郎はノブを回し、強引に体を押し入れてきた。
そして部屋の有様を見て、少し目を見開く。
「……仕事中だったのか」
「……いや、いいんだ。急ぐことじゃないから」
見られてしまったものは仕方ないと諦め、武器を片付け始める。
甲太郎は空いた床に腰を下ろすと、そんな俺を目で追っているようだった。
その視線が辛くて、急いで目に付かないところに仕舞いこんだ。
「で、どうした? 暇だったのか?」
俺は作業を終え、何事も無かったかのような顔をして甲太郎の隣りに座った。
「いや、今日出た古文の課題をやろうと思ったんだが……」
「……あっ!」
「忘れてたのか」
「忘れてた。思いっきり。終わった?」
「面倒臭くなってやめた」
「なんだよ。写させてもらえるのかと思ったのに」
「終わってても断る」
「ケチ!」
「なんとでも言え」
甲太郎はパイプを咥えた口元でニヤニヤと笑いながら、ポケットからジッポを取り出した。
「吸ってもいいか?」
「うん」
俺の部屋でアロマを吸うとき、甲太郎は必ず許可を求める。
そういう意外な律儀さが、俺は好きだった。
今となってはすっかり嗅ぎ慣れたラベンダーの甘い香りが、ゆっくりと部屋に広がっていく。
―――こんな時間が、永遠に続けばいいのに。
俺が宝探し屋なんかじゃなく、お前にとってただのクラスメイトだったらどんなにいいだろう。
実際にはこんな仕事をしていなければ、お前とは知り合うこともなかったろうけど。
でも、ダメなんだ。
どんな結果に終わろうとも、その日は絶対に避けられない。
悲しくても、辛くても、俺は前に進まなきゃならないんだ。
「……なあ、甲太郎」
思えばそれもラベンダーの効果だったのかもしれない。
俺はベッドに凭れ、天井を仰ぎながら言った。
「どうしても開かない扉があったら、どうしたらいいと思う?」
「……墓の話かよ」
甲太郎は僅かに鬱を孕んだ声で答えた。
「そうかもしれない。とにかくその扉はどうしても開けることが出来ないんだ。
鍵穴もないから、鍵自体が存在しないのかもしれない。
でもそこにはお宝があると解っている。お前だったらどうする?」
「そんなこと聞かれても、俺は宝探し屋じゃないから分からねぇよ。ぶち壊せばいいんじゃないか?」
「扉を? でもそんなことしたら、扉も部屋も宝までも壊れちまうかもしれないんだぜ?」
「……」
俺は体を起こし、黙ってしまった甲太郎の横顔を見つめた。
こいつの遠くて暗い瞳には何が映っているのだろう。
お前が求めて止まないそのラベンダーの香りには、どんな意味があるのだろうか。
「扉が開かないのは、開けられることを望んでいないからだと思うか……?」
俺の問いに、甲太郎が一瞬パイプを強く噛んだのが分かった。
暫くの沈黙の後、溜息のような吐息と共に甲太郎が呟く。
「……お前なら、開けられるさ」
「えっ……」
予想外の答えだった。
戸惑う俺を見て、甲太郎が微笑む。
「扉が望んでいようといまいと、お前はきっとそれを開ける。
そしてお宝を手に入れるさ。俺はそう思うぜ」
「……」
不覚にも涙が出そうになった。
甲太郎もその時を覚悟しているのだと、分かってしまったから。
ああ、俺はどうして―――どうしてこんなにも、こいつのことが好きなんだろう。
「……さてと、風呂にでも行くとするか。九ちゃん、お前も行くか?」
「あ、う、うん。行く」
「そうか。じゃあ、後でな」
甲太郎は微笑んだまま、軽く手を振って部屋を出て行った。
ありがとうと言いたかったのに、言いそびれてしまった。
立ち上がり、部屋の隅に積まれた武器が冷たく光っているのを見下ろす。
そうだ。
これは誰かを傷つける為の物じゃない。
だから俺は甲太郎を殺したりしない。
俺はあいつを信じている。
交わした言葉のひとつひとつ、俺に向けられた感情の全て、そこには僅かな嘘も無いと。
甲太郎が気づかせてくれた。
俺は宝探し屋だ。
扉の奥に何が待ち構えていようと、見つけた宝は必ず手に入れる。
手に入れてみせる。
だから甲太郎、待っていてくれ。
俺がお前に辿り着く日を。
- end -
2004.12.15
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