堕ちてこい
断末魔の叫びが、まだ耳の奥に残っている。
それでも今この場所を満たしているのは、不気味なほどの静寂だけだ。
悪夢のような光景が消えた代わりに、今度は饐えた臭いが鼻を突いた。
アロマに火をつけ、深く吸い込む。
異臭が少しだけ遠のいていく。
「……お前。この仕事、天職だな」
「そうか?」
目の前で背中を向けていた九龍が、手にしていた剣を大きく振った。
濡れて光るその剣から飛び散ったのは、化け物達の体から噴き出した得体の知れない液体だ。
思わず顔を顰める俺を余所に、九龍はゴーグルを額にずらすとニヤリとこちらに笑ってみせた。
「確かにそうかもな。自分でも向いてるような気はするよ」
「こんな職業に向いていても、まったく羨ましくはないがな」
「ほー、そうですか」
満足そうな九龍の様子に苛立って嫌味を言うも、簡単に流される。
その余裕が癪に障った。
聞けばこいつはこの学園での仕事が、単独では初めてだと言う。
他の宝探し屋を知らないから比較は出来ないが、とてもそんな風には感じられなかった。
俺に向かって歩いてくる九龍と目を合わせない為に、壁一面に描かれた模様に視線を泳がせる。
それが何を意味しているのかは全く解らなかったし、別段興味も無かったが。
「甲太郎にもあるじゃん、天職」
こちらの意図を知ってか知らずか、九龍は俺の顔を覗き込んできた。
強引に視界に入ってきた奴の顔は、僅かに汗ばんで汚れていた。
「予想はつくが聞いてやろう。俺の天職とはなんだ」
「カレー屋さん」
返事をする気にもなれず溜息をつく俺を見て、九龍は面白そうに笑う。
いつもならばつられて笑うことさえあるその笑顔も、今夜はやけに忌々しい。
「さて。そろそろ次に行くとしますか」
「……今日は早めに切り上げるんじゃなかったのか?」
だから俺しか誘わなかったと言っていたはずだ。
「うん。でも、ついでだから」
何のついでなのか、さっぱり解らない。
先にある扉を見て、九龍は再び俺に背中を向けた。
ずっしりと重そうなベストに覆われた背中を見ながら考える。
こいつが持っているのは、宝探し屋としての高い能力でも技術でもないのだろう。
自信と情熱。
勇気と知恵。
そして何よりも、その揺るぎない意志だ。
俺には無い全てのものを持つこいつが、時折堪らなく憎くなる。
今ここで後ろから襲い掛かれば、お前を諦めさせることが出来るだろうか。
その足を止めさせることが出来るのだろうか。
「……甲太郎?」
九龍が振り返った。
「大丈夫か?」
「何がだ」
「いや……なんだか今日は、様子が違うから」
「……」
アロマを深く吸う。
この禁断の場所に踏み込んできたのと同様に、
九龍は俺の中にも入り込もうとしている。
やめろ。
俺の中にはお前が目指すようなものは何も無い。
それどころか俺は、お前を傷つけることしか出来ないんだ。
「何かあったのなら俺に言えよ? お前って一人で抱え込みそうだから」
心配なんだよ、と呟いて、九龍はゴーグルを装着する。
心配なのは俺の方だ。
執行委員の連中は、悉くこいつの前に敗れ去った。
役員が動き出すのも時間の問題だ。
そうなれば―――。
「……九ちゃん」
「ん?」
九龍が振り向くより先に、俺は九龍の腕を捕らえた。
「なっ、なんだよ、甲太郎。どうした」
「……あそこに何かありそうだぜ」
今しがた通り過ぎたばかりの壁面を顎で指す。
そこには不自然な亀裂があった。
「おっ、ホントだ」
ゴーグルの奥の瞳が輝く。
九龍はいつもの邪気の無い笑顔を見せながら、俺の肩を叩いた。
「さすがは相棒。頼りになるなぁ」
「よく言うぜ。先に気づけよ」
「いやぁ、甲太郎と2人きりだと思うと、ついウキウキしちゃって」
「……あのな。こんな場所で浮かれるのはお前ぐらいだ」
「今も抱き締められるのかと思って、期待しちゃったんだけど」
「馬鹿。くだらないこと言ってないで、さっさと終わらせろ」
「へいへい。つれないことで。じゃあ、ちょっと下がってて」
九龍はベストから爆薬を取り出し、壁に向かって投げつけた。
激しい爆音と共に壁は崩れ落ち、砂埃の向こう側に新たな部屋が現れる。
「あれっ。あっちにも扉があるな」
壁に出来た穴をくぐり、中へと進む。
九龍の後に、俺も続く。
辿り着いて欲しくないと思いながら、俺はこうしてお前に手を貸してきた。
それは俺が本心では望んでいるからだ。
お前が俺の居る場所まで堕ちてくることを。
誰も俺をこの牢獄から救うことなど出来はしない。
それでもお前と一緒なら、それも悪くないような気がするんだ。
暗くて寒いこの場所を、俺とお前の墓にしようじゃないか。
お前の眠る墓を俺が護る。
お前好みのロマンチックな話だとは思わないか?
「……開けるよ。準備はいいか?」
「ああ」
扉が開く。
俺の真実を知ったとき、お前はどうするのか。
お前のその瞳に浮かぶのは、怒りか悲しみか絶望か。
俺を蔑むだろうか。
哀れむだろうか。
相棒と呼ぶ相手に裏切られたお前は、少しは今の俺の気持ちに近づくかもしれない。
だから早く。
早く来てくれ。
「―――お出ましだ」
九龍が剣を構える。
その剣が俺に向けられる日も、そう遠くは無いだろう。
お前の目指す場所はすぐそこにある。
だから早く堕ちてこい。
この俺の居るところまで。
- end -
2004.12.18
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