Do you love me?


まだ整わない呼吸に大きく胸を上下させながら、俺はただぼうっと天井を眺めていた。
どれがどちらのものかも分からない汗や体液で全身がべとついている。
それ自体は気持ちが悪いはずなのに、数ヶ月ぶりのセックスで射精を終えたばかりの身体はこの上ない満足感に溢れていた。
快感の余韻に浸りながらゆっくりと顔を横に向けると、隣りでうつ伏せになっている九龍と目が合う。
いつものように異国から唐突に俺のアパートに帰ってきた宝探し屋は、カレーよりも先に俺が食いたいとのたまい、逆に俺に食われてあられもない声を上げたばかりだ。
九龍の肩もまだ大きく上下していて、額や腕や背中は濡れて光っている。
それでも俺と目が合うと、九龍は上気した頬にいつもの人懐こい笑みを浮かべてみせた。
……クソッ。
そんな顔で笑うな。
早々にまた下肢が疼きそうになって、俺は不自然に目を逸らす。
ケダモノじゃあるまいし、そんなことばかりしていられるか。
さて九龍も帰ってきたことだし、今夜はなにカレーを作るとするかなと俺が冷蔵庫の中身を思い出そうとしていると、ふいに九龍が掠れた声で言った。
「……なあ、甲太郎」
「あ?」
「甲太郎って、俺のこと好きなの?」
「……はぁ?」
何を言っているんだ、こいつは。
時差ボケでもしてるのか。
「九ちゃん……王水でも飲んだか?」
「飲んでねーよ!」
「そうか。それなら良かった。ところでお前、今夜はなにカレーが食いたい?」
「そうだなぁ……今夜はマイルドなチキンカレーが……って、おいいい!! そうじゃなくて!!」
八千穂譲りの盛大なノリツッコミをしながら、九龍がガバッと起き上がる。
そしてまだ寝転がったままの俺の上に覆い被さらんばかりに身を乗り出してきた。
「ちゃんと答えろよ! 俺のこと好きなのか? どうなんだ?」
「……」
真剣な目で俺を見下ろしながら、九龍はさっきと同じことを尋ねてくる。
やっぱりこいつはアホだ。
アホとしか言いようがない。
俺はあえて大袈裟な溜息をついてから、傍にあったタオルを手探りで取ると九龍の顔の汗を拭いてやった。
「あのなぁ。今、俺とお前は全裸だ。分かるな?」
「分かる」
「なら、どうして全裸なんだ」
「セックスしてたから」
「そうだ。お前は誰とでもこんなことをするのか?」
「……するわけないだろ」
「じゃあ、誰とする」
「甲太郎と」
「どうして」
「……甲太郎が好きだから」
「そいつはどうも。そういうことだ」
俺が強引に話を終わらせて起き上がると、九龍はようやく身体を退ける。
その手の中にタオルを押し付けて、俺はベッドを下りようとした。
しかし、すかさず腕を掴まれてベッドに引き戻されてしまう。
「そういうことってどういうことだよ?!」
「だからお前と同じだってことだよ」
「何が同じなんだよ」
「それぐらい分かるだろ」
「ちゃんと言ってくれなきゃ分からない」
「……」
なんなんだ、いったい。
九龍と出会って約三年、その間に数え切れないほど身体を重ねてきた。
それなのに、どうして今更こんなことを聞いてくるんだ。
俺は九龍の顔を覗き込んだ。
「……なんなんだ? 何かあったのか?」
「何もない。ただ、今までちゃんと言ってもらったことないなぁって思っただけ」
そう言われてみればそうだったかもしれない。
だが、そんなのたいしたことじゃないじゃないか。
俺は次第にイライラしてきた。
「……言わなくても分かるだろ」
「分からない」
「だったらお前は俺が好きでもない奴と寝るような人間だとでも思ってるのか?」
「違うってば! そうじゃなくて」
「じゃあ、なんなんだ」
「だってさ……」
九龍が口を尖らせて俯く。
やはり本当は何かあったのだろう。
黙って九龍が白状するのを待っていると、しばらくしてようやく口を開いた。
「……聞かれたんだよ」
「何を?」
「恋人はいるのか?って」
「……」
それでか。
その質問にどう答えていいものか考えたとき、九龍は気がついたのだろう。
普通ならどちらかが好意を告白して互いの気持ちを確認し、それでつきあうことになれば晴れて恋人同士となるわけだ。
けれど当然、俺達はそんな手順を踏んでいない。
だから不安になったのか。
「……それで、なんて答えたんだ?」
俺が尋ねると、九龍は小声で答える。
「好きな人はいるよ、って」
「ふぅん……」
九龍が迷ったのも無理はない。
きっと俺達は恋人同士ではないからだ。
恋人だと思えば相手を束縛したくなるけれど、それは出来ないことを知っている。
俺達に出来るのは互いを想うことであり、信じること。
そうして俺は九龍の帰りを待ち、九龍は無事に帰ってくる努力をする。
それ以上の約束は、しないのが約束だ。
「……」
俺はベッドの上で改めて九龍と向き合った。
そういえば九龍は散々俺に好きだ好きだと言っているが、俺からちゃんと言ったことは無かったかもしれない。
なんだかしゅんとしている九龍の頬に手を伸ばすと、九龍が少しだけ顔を上げる。
不安そうな目が俺をじっと見つめている。
どうしてそんな顔をするんだか。
俺にとってお前の存在は、好きだなんて言葉では到底言い表せないほどのものなのに。
お前がいなければ俺は今ここにはいないんだぜ?
お前に出会わなければ、俺は生きてさえいなかったはずだ。
お前が俺を生かし、お前が傍にいてくれるから俺は立っていられる。
お前を失えば、その瞬間に俺は壊れてしまうだろう。
「九ちゃん……」
俺は九龍にそっと顔を近づけた。
そして―――。
「……誰に聞かれたんだ? そんなこと」
「……えっ?」
九龍が目を見開く。
咄嗟に雲行きの怪しさを感じ取ったのか、そのまま後ずさろうとする身体を肩を掴んで押さえ込んだ。
「恋人はいるかどうかなんて、誰に聞かれた?」
「え、えーと、それは……」
「今回のバディは女だって言ってたよな?」
「えっ、えっ、そんなこと言ったっけ?」
「とぼけるな。金髪巨乳だってはしゃいでたのは何処の誰だ」
「あ、あははははは……」
まったく性質が悪い。
不安なのはお前だけだと思うなよ。
何故だか理由は分からないが、九龍は昔から誰とでもすぐに打ち解けることが出来る。
このアホ面の所為か、懐が広いからなのか、それともアホ面の所為か。
とにかく、こいつはモテるのだ。
男女問わず。
「……ったく、こんな奴のどこがいいいんだか……」
「なんだよ、それー!」
自虐気味に呟いた俺のセリフに、怒った九龍が襲い掛かってくる。
俺はその腕を掴み引き寄せて、耳朶に唇で触れた。
「―――……」
「……!!」
囁いた途端、九龍のすらりとした首筋から目の前の耳朶までが真っ赤に染まる。
腫れたようなその赤い膨らみを甘く噛んでやると、九龍は身体をびくりと跳ねさせて俺から飛び退いた。
「なっ……な、なんなんなんだよ……!」
「あ?」
九龍は顔を真っ赤にしながら、酸欠の金魚みたく口をぱくぱくさせている。
「……お前が言えって言ったんだろうが」
「だ、だからって、あんな、あ」
「うるさい。もうこの話は終わりだ」
「ぶっ!」
俺は九龍の顔にタオルを投げつけて今度こそベッドを下りた。
恥ずかしいのはこっちだっつうの。
そもそもあんなセリフ、俺のキャラじゃないんだ。
分かっているくせに言わせようとするほうが、よっぽど悪趣味ってもんだろうに。
もう一生言わないからな。
絶対に言わない。
「なぁ、どこ行くんだよ〜」
「シャワーだ」
「俺も行く!」
「来るな!」
拒否しても、九龍は無邪気に後ろから抱きついてくる。
いつまでも経ってもガキみたいな奴だ。
どうせ簡単には変われないんだろうから、ずっとそのままでいればいい。
ずっとそのままで―――俺の傍にいろ。

- end -

2013.02.01


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