Liar
『 mission completed. 』
化け物が一掃された部屋に機械的な声が響き渡ると、八千穂は九龍に駆け寄った。
「やったね、九チャン!」
「おう、お疲れ〜」
はしゃぐ八千穂に背中を叩かれて、九龍が笑いながら答える。
八千穂はいつも元気だ。
まったくその元気さには、呆れるのを通り越して、尊敬の念すら抱きそうになる。
帰宅部の俺や九龍と違って、放課後にはテニス部で汗を流し、それを終えてから更にこの夜遊びにつきあっているのだから、
いったいどこにそんな体力があるのか一度聞いてみたい。
俺は一刻も早く、寮のベッドへ帰りたいというのに。
「この後は、どうするの?」
「そうだなぁ。魂の井戸が近いから、先に行っておこうかな」
話しながら歩く二人の後についていく。
通路に出て少し進むと、すぐにその部屋へは辿り着いた。
扉を開けると一気に視界が明るくなり、眩しさに思わず目を細める。
「それでは……っと」
九龍はポケットからH.A.N.Tとやらを取り出して、早速なにかの操作を始めた。
恐らくは今入手したばかりのお宝の幾つかを、協会に送る手続きなのだろう。
そんな九龍と、それを物珍しそうに覗き込んでいる八千穂を、俺は少し離れたところから眺めていた。
「ねぇ……どうしてアメリカ大統領が、カツ丼なんて欲しがるのかな?」
「なんでも、外交に使うらしいよ。世界の平和が、このカツ丼にかかっているんだ」
「ええぇ〜っ?! うっそ〜!」
そんな馬鹿なことがあってたまるか。
後ろで聞きながら、呆れて溜め息が出る。
しばらくすると九龍はH.A.N.Tを閉じて、制服のポケットに仕舞った。
「さて、と。受けてるクエストの残りは、あと一つだな」
「よーし、頑張って行ってみよう!」
「おう!」
「……帰ろうぜ」
俺が言うと、腕を振り上げて盛り上がっていた二人が、同時に振り返った。
「は? 皆守クン、なに言ってるの?」
「帰ろうって言ったんだ。今日はもう終わりにしろ」
途端に、八千穂はむくれる。
やる気になっているところに水を差されて、腹が立ったのだろう。
おっかない顔で腰に手を当てて、俺の前に仁王立ちした。
「もう、皆守クンってば! どうせ、眠いとかダルイとか言うんでしょう?」
「分かってるんじゃないか」
「あとちょっとぐらい我慢出来ないの?」
「出来ないな」
「ちょっと、九チャ〜ン! こんなこと言ってるよ?!」
八千穂は振り返って、九龍に加勢を求める。
九龍はもう一度ポケットからH.A.N.Tを取り出すと、画面を見ながら考え込んだ。
「うーん……あと一個クエスト達成すると、多分ランキングに入れるんだよねぇ」
「ほらあ!」
九龍の言葉に力を得たのか、鬼の首を取ったかのように八千穂は言う。
冗談じゃない。
俺は九龍を睨みつけた。
「九ちゃんは行きたいのか?」
「そうだね。出来れば」
やっぱり引き下がらないつもりか。
九龍は半笑いを浮かべながら答えたが、俺の心は決まっていた。
「……駄目だ」
これ以上、探索を続けさせるわけにはいかない。
俺は九龍に近づくと、その腕を掴み、乱暴に引いた。
「ちょっ、甲太郎」
「戻るぞ。お遊びは終了だ」
驚いた顔で俺を見る九龍に、断固とした口調で告げる。
ただならぬ雰囲気を察したのか、さすがの八千穂も不安げな声を出した。
「……皆守クン、どうしちゃったの?」
「……」
気まずい空気が流れる。
だが、俺も退くつもりはなかった。
視線で九龍に訴える。
もう、やめておけ。
それが伝わったのかどうかは分からないが、しばらくしてようやく九龍が折れた。
「……やっちー、戻ろう」
八千穂はひどく不満そうだったが、俺達は地上へ戻ることになった。
お互い無言のまま寮に戻り、九龍の部屋の前まで来る。
「じゃあ、お休み。今日はありがとうな」
しれっとして言いながら、九龍がドアを開けた。
それと同時に俺は九龍の体を突き飛ばすようにして、一緒に部屋の中へと入る。
「こ、甲太郎?」
「脱げ」
慌てた様子の九龍を無視して、後ろ手でドアを閉めるなり、俺は言った。
「はぁっ?! な、なにをいきなり」
「いいから、黙って脱げ!」
わざとらしく体をくねらせる九龍に怒鳴りつける。
本当にこいつはアホだ。
しかし俺が真剣なのが分かったのか、九龍はようやく諦めたように、着ている物を脱ぎ始めた。
「……やっぱり、な」
上半身裸になった九龍の右の二の腕が、赤紫に腫れあがっている。
三つ目のクエストのときにはもう動きがおかしかったから、恐らくはその前にやられたのだろう。
九龍は苦笑いしながら、変わり果てた自分の腕を見つめていた。
「とりあえず冷やしたほうがいいな。湿布とかあるか?」
「うん、多分」
ベッドの下から救急箱を引っ張り出して、中を漁る。
目当てのものはすぐに見つかり、俺は九龍を床に座らせた。
「いいよ、自分でやるから」
「いいから、じっとしてろ」
腫れの範囲はかなり広い。
こんなもんで効くかどうかは分からなかったが、やらないよりはましだろう。
痛まないようにそっと湿布を貼りつけると、その冷たさに九龍の身体がぴくりと震える。
「……なんで、気がついた?」
湿布が剥がれないよう包帯を巻きつけていると、九龍が聞いてきた。
「知るかよ。気づいちまったもんは、しょうがねぇだろ」
「……」
途中から、どうも九龍の動きにキレが無くなったような気がした。
雑魚相手だからと手を抜いているのかとも思ったが、そういうわけでもなさそうだった。
よくよく見ていると、右腕の振りがやけに甘い。
あれは間違いなく右腕が痛いんだと、俺は確信した。
それなのに九龍は、俺たちに心配をかけるのが嫌だったのか、何事も無いかのように振舞い続けた。
俺には、それが許せなかった。
手当てが終わると、九龍はシャツを着込む。
その顔は何故か、微妙にふてくされていた。
「なに、怒ってるんだ」
「別に……」
「ランキングに入れなかったのが、そんなに悔しいのか?」
「そうじゃない」
「じゃあ、なんだよ」
俺は何か悪いことでもしたのか?
礼を言われるならまだしも、何故不機嫌になるのか分からない。
九龍は立てた膝の上に顎を乗せると、唇を尖らせて呟いた。
「……お前、狡いよな」
「……あ?」
「自分は本当のことなんて何一つ言わないくせに、たまにつく俺の嘘さえ見逃してくれない。
気づいても、言わないで放っておいてくれればいいのにさ……」
九龍の言葉は、俺の胸に深く突き刺さった。
確かに俺は九龍に嘘をついている。
お前は何を知っているんだ。
何に気づいているんだ。
「……そういうわけには、いかないだろう」
「なんで?」
半ば上の空になりながら俺が言うと、九龍は弾かれたように顔を上げて、真っ直ぐに俺を見つめてきた。
「友達だからか? 仲間だからか? バディだからか? だから、俺を心配してくれたのか?」
九龍は矢継ぎ早に言葉をぶつけてくる。
全て肯定すれば簡単だった。
けれど、俺にはそれが出来なかった。
親友ヅラして心配してみても、誰より九龍を傷つけているのはこの俺だ。
それなのに、九龍が傷つくのは見たくないだなんて、どうして言える。
所詮、何を言っても嘘になりそうで、結局俺は黙り込むことしか出来なかった。
九龍が大きく溜め息を吐く。
それから突然、笑い出した。
「あー、ウソ、ウソ! 今の嘘だから! 隠せてるつもりだったのに見抜かれてて、ちょっと悔しかっただけ」
ごめん。
ありがとな、甲太郎。
そう言って、俺の髪をぐしゃぐしゃに掻き回す。
自分勝手な話だが、その誤魔化すような態度が酷くむかついた。
「……どこまで、嘘なんだよ」
「え?」
「今、お前が言ったこと……どれが嘘で、どれが本当だ?」
本当は、全部本気だったくせに、誤魔化したりしないでくれ。
俺の問いに九龍はまた顔を曇らせると、どこか泣きそうな顔で微笑む。
「もう、やめようぜ……」
そう答えて、九龍は俺の肩に額を押し付けた。
「いいじゃん。全部、嘘ってことで。そのほうが……いいよ」
「……そうだな」
九龍の言う通りだ。
自分のことを棚に上げて、九龍を責めるのは間違っている。
ならば、全部嘘にしてしまえばいい。
その方が楽だ。
「甲太郎……」
九龍が顔を上げる。
その顔が不意に近づいてきて、俺の唇に触れた。
「……」
ほんの一瞬だった。
触れ合った唇はすぐに離れ、目の前にはやっぱり泣き出しそうな九龍の笑顔があった。
「今のも……嘘、か?」
「うん。そう」
―――嘘のキスだよ。
そう呟いた唇に、今度は俺の方から唇を重ねる。
全部嘘だというなら、なんでも有りだ。
俺はほとんどやけくそになって、九龍に深くくちづけた。
抱き締めた体と、重なる唇の熱に眩暈を覚えながら、俺は祈る。
全て、嘘になればいい。
こんなにもお前を好きな気持ちも、こんなにも離れたくないと思う気持ちも、全て。
- end -
2007.10.01
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