FAITH


真夜中の呼び出し。
そのメールを見た俺は、舌打ちした。
億劫だとか、面倒だとか、そんなことよりも、九龍の誘いを断らなければならないのが嫌だったのかもしれない。
けれど俺にそれを拒否する権利は無かった。

「……来たぜ。何の用だ」
部屋の中は暗く、窓から差し込む月明かりも僅かなものだった。
その光の作るシルエットが、辛うじてそこに人がいることだけを教えている。
後ろ手でドアを閉めると、闇の中から、重く低い声が響いた。
「……転校生の様子はどうだ、皆守甲太郎」
やはり、その話か。
いや、それ以外に阿門が俺を呼び出す理由など無いことぐらい分かっていた。
それでも俺は、気が乗らなかった。
「どうも何も、お前が知ってる通りだと思うぜ。阿門」
俺のつっけんどんな返事を、阿門は鼻で笑う。
「なるほど。奴の話をするのは、気が進まないか」
「……」
見透かされている。
分かっているなら聞くなと言いたかったが、ここでも俺に選ぶ権利は無かった。
俺は諦めて、自分の知っている限りのことを報告した。
とは言え、俺の持っている情報など、たかが知れている。
わざわざこんな場所に、こんな時間に呼び出してまで、聞くほど価値のあるものなど何も無い。
だが、それでいいのだろう。
恐らく、阿門の真意は他にある。
「……とにかく、あいつが最下層まで辿り着くのは時間の問題だろうな。お前らも、準備体操ぐらいはしておいたほうがいいかもしれないぜ」
「あら」
阿門の傍らから、艶のある女の声が返った。
「言ってくれるじゃないの。生徒会も、随分と見くびられたものね」
双樹は、不愉快そうに言う。
「別にお前達を馬鹿にしているわけじゃない。ただ、舐めてかからないほうがいいと言っているんだ」
「そうね。あなたは毎晩、準備体操を怠っていないようだし」
「―――双樹」
阿門の諌めるような一声で、双樹は口を噤んだ。
馬鹿馬鹿しい。
嫌味を言う為に、俺を呼んだのか。
「もう、いいだろう? 用が済んだなら、俺は帰らせてもらうぜ。眠くて仕方が無い」
「皆守」
既に背中を向けていた俺を、威圧的な呼び声が引き止める。
「……なんだよ」
「俺はお前を信用している。お前もまた―――墓守のひとりであることに、変わりは無い」
「……阿門様を裏切らないでちょうだいね。副会長さん」
「……」
俺は答えなかった。
裏切るも何も無い。
俺がどう動こうと、あいつを止めることなど出来はしないのだから。

寮の廊下は、静まり返っていた。
ポケットから携帯を取り出す。
いつもならとうに夜遊びから戻ってきて、眠っているはずの時刻だ。
九龍からメールは来ていない。
今夜は誰を連れて行ったのだろうか。
ぼんやりと考えながら、俺は九龍の部屋の前で立ち止まった。
あの呼び出しは結局、俺に牽制することが目的だったのか。
確かに俺は生徒会の人間でありながら、九龍に協力している。
その理由は、俺自身にもよく分からなかった。
始めこそ転校生を監視するという名目があったはずだが、今はそれだけではないような気がしている。
諦めてほしい。
だが、辿り着いてほしい。
自分が何を望んでいるのか、今となってはもう分からなかった。
ドアに触れる。
この向こうに、あいつがいる。
そう思った瞬間、訳の分からない感情が溢れ出そうになった。
「……っ」
どうかしている。
俺は扉から手を離し、必死でそれを堰き止めた。
そのくせその場から動くことも出来ず、ドアに背中を預け、冷たい床に座り込む。
―――何をやっているんだ。
俺は最低だ。
誰にも従いたくないと思いながら、自分の意志さえも持っていない。
ただ逃げ続け、逃げられない状況になるまで、無為に時間をやり過ごしている。
裏切る?
誰をだ?
何をだ?
俺は成り行きに任せているだけだ。
誓いも、信念も無い。
だから、裏切りようが無い。
「クソッ……」
立てた両膝に、額を押し付ける。
今はただ、無性に九龍の顔が見たかった。

「……甲太郎?」
はっとして、顔を上げる。
どうやら、うとうとしていたらしい。
気がつけば目の前に、心配そうな九龍の顔があった。
「何してるんだよ、こんなところで」
「あ、いや」
うまい言い訳が思いつかずに、焦る。
九龍は《墓》帰りらしく、いつもの怪しげな格好のままだ。
どうして今日に限って、こんな時間に戻ってくるんだ。
九龍は更に顔を近づけて、俺を覗き込んできた。
「甲太郎? なあ、どうしたんだ?」
やめろ。
そんなに近づくな。
どれだけそう思っても、言葉にはならなかった。
気まずさに目を逸らした俺に、九龍が溜息をつく。
「……とにかく、中に入れよ。ここじゃ、寒いだろう?」
「……」
九龍の申し出を断れない、その時点でもうダメだと思った。
何かに取り憑かれたように俺は立ち上がり、九龍の部屋へと足を踏み入れた。

部屋の灯りがついて、眩しさに目を細める。
「ああ、もうこんな時間かよ。なんだか今日は、手間取っちゃったなあ」
言いながら、九龍は床に武器を置いた。
それから、見た目にも重そうなベストを脱ぎ捨てる。
「適当に座ってろよー?」
九龍は俺に背中を向けた状態で、制服の上着を脱いでハンガーに掛けた。
俺は入口近くに突っ立ったまま、その後ろ姿を眺めていた。
九龍が更に、中に着ていた白いTシャツを脱ぐ。
剥き出しになった、痕だらけの背中。
そして俺は壁のスイッチに手を伸ばし、九龍がさっきつけたばかりの部屋の灯りを消した。
「は? 甲太郎?」
暗闇の中、伸ばした手に触れた九龍の身体を掴み、ベッドのある方向に突き飛ばす。
鈍い音を立てて倒れたその上に圧し掛かると、両腕を押さえつけた。
「痛っ……! 甲太郎、なにするんだよ!」
そうだ。
俺は何をしているんだ。
これから、どうするつもりだ。
「おい、甲太郎!」
声を荒げてはいるものの、九龍は暴れたりはしない。
そのままじっとしていると、次第に目が慣れてきた。
九龍は怒っているのか、眉根を寄せて俺を見上げている。
本当は、どうしたいのかなんて分かりきっていた。
さっき堰き止めたはずの感情が、俺の中でぐるぐると渦巻いている。
こいつが、欲しい。
手放したくない。
俺にそんなことを思う資格は無いのに、それでも狂いそうなほどにそう思っている。
「―――!」
不意に膝の辺りを足で払われ、俺はバランスを崩した。
その隙をついて、九龍が素早く身体を反転させる。
あっという間に状況は逆転して、気がつけば俺の方が九龍に組み敷かれていた。
九龍が勝ち誇ったように笑う。
「悔しい?」
「うるさい」
「襲ってもいいよね?」
「よくない」
「ダメって言われても、襲うけど」
「……だったら、聞くな」
多分、わざとだ。
俺が自ら望んだわけではなく、仕方なく応じたのだと思えるように、 九龍はわざと主導権を握ったに違いない。
―――だから俺は、お前が嫌いなんだよ。
そんな優しさ、俺には分不相応だ。
お前には他に、幾らでも愛を囁く相手がいるじゃないか。
それなのに、どうしてよりによって俺なんだ。
いや、違う。
どうして俺は、お前じゃなければダメなんだ。
どうしてお前だったんだ。
九龍の顔が降りてくる。
体温が、吐息が近づいてくる。
あと十センチ。
あと五センチ。
あと三センチ。
あと―――。

もう、どうでもいい。
どうとでもなればいい。
唇が重なるのとほぼ同時に、俺達は舌を絡めあっていた。
男同士でこんなこと、気持ちが悪いと思って当然のはずなのに、そんな感情は微塵も湧かなかった。
俺は九龍の背中を引き寄せ、横倒しにした。
向かい合わせになって抱き締めあい、くちづけを続ける。
互いの髪を掻き回し、唾液を溢れさせながら、俺達はその行為に夢中になっていた。
やがてもつれた足の間で、主張を始めた中心が擦れ合う。
確かな欲情の証に、身体が震えた。
「は、ぁっ……甲太郎……」
もう一度俺が上になる。
薄い胸板を探り、小さな尖りに舌を這わせると、九龍の声は一気に甘いものへと変わっていった。
「あっ……ぁ……ん……っ……」
男でも、こんなところで感じるのか。
吸い上げたり、歯を立てたりするたびに、九龍は短く声を上げる。
そのままベルトに手を掛けたとき、頭の奥でもうひとりの俺が尋ねた。
そこまでする気か。
そうだ。
もう、後には退けない。
退きたくない。
ベルトを外し、前を緩める。
汗ばんだ肌の上に唇を滑らせ、ゆっくりと顔を下に下ろしていく。
「ちょっ……甲太、郎……」
これから起きることを察したのか、九龍が戸惑ったような声を出す。
俺は構わず、下着の中に手を入れて、固くなったそれに直接触れた。
「う、あっ……!」
びくん、と殊更大きく九龍が反応する。
その反応と甘い声に、俺の中に残っていた躊躇いの一切が消えた。
目の前に晒されたそれを、思い切って口に含む。
「あ、はぁっ、甲……っ……!」
九龍はびくびくと跳ねながら身体をしならせ、俺の髪を掴んだ。
そのまま舌と唇で刺激を与えてやると、そのたびに九龍のものは大きさと固さを増して、どくどくと脈打つ。
唾液に濡れたそれは、幾度も俺の口を出入りした。
「ん、あっ、は、……」
初めて聞く、啜り泣くような九龍の声。
チクショウ。
こっちも、そろそろ限界が来そうだ。
ちょうどそう思ったとき、九龍がせつなげに呟いた。
「甲太郎……も、いい……」
「……?」
口を離すと、真っ赤な顔をした九龍が起き上がる。
「……どうした?」
「……俺も、する」
「あ?! い、いや、いい。よせ」
「ダメ。襲うのは、俺のほうなんだから」
九龍はにやりと笑うと、俺のベルトに手を掛けた。
下着の中から出されたそれは、九龍のものと同じぐらいに昂ぶっている。
それから九龍は、座り込んだままの俺の両脚の間にゆっくりと顔を埋めた。
「……っ!」
初めての感覚が、電流のように身体を突き抜ける。
身体中が痺れて、力が入らない。
声を出さないようにするのがやっとだ。
「……っ……く……」
暖かく、濡れたものがそこをすっぽりと包み込んでいる。
俺は拳を口に当てて、なんとか声を堪えるのに必死だった。
立てた膝ががくがくと震える。
わざとなのかそうでないのか、耳障りな水音がやたらと大きく聞こえた。
「ダメだ、九ちゃん……離せ……っ」
それでも九龍は聞こえないふりで、行為を続ける。
このままじゃ、本気でやばい。
「おい、九ちゃん……九龍……!」
ようやく九龍が口を離した。
身体を起こし、向かい合わせになると九龍が不安そうに尋ねる。
「……嫌だった?」
「違う。そうじゃなくて……」
「……じゃあ、一緒にイこうか?」
「……」
答える代わりに、九龍の身体を抱き寄せる。
俺は触れ合っている、自分のものと九龍のものを一緒に握った。
濡れそぼった先端が重なり、そのまま押し付けるようにしながら、ゆっくりと手を上下に動かす。
「あっ、はぁ……んっ……」
九龍が俺の肩にしがみつく。
手の動きを少しずつ速めていくと、やがて快感に腰が揺れはじめ、九龍は喉を見せてのけぞった。
「あっ、イイっ、すげ、イイっ……」
汗が流れる。
熱い。
苦しい。
何をこんなに必死になっているのか分からない。
九龍の手が、俺の手の上に添えられた。
動きが、更に速まる。
「あっ、あっ、あっ、やばっ、甲太郎……もう……」
「俺も、だ……っ」
限界が近い。
滅茶苦茶に手を動かすと、あっという間にそれは訪れた。
「ん、あっ……あぁっ―――!」
「くっ―――」
その瞬間、どちらのものとも分からない精が、大量に噴き出した。
互いの肌の上でそれは溢れ、シーツへと零れていく。
俺は最後の一滴まで振り絞るように、手を動かし続けた。
「あっ、はぁっ、はぁっ、はぁ……」
頭の中が真っ白だ。
息を弾ませたまま、俺達はしばらく身体を預け合っていた。
俺の肩に額を押し付けて、項垂れていた九龍が、やがて呟く。
「甲太郎……」
「……なんだよ」
九龍が顔を上げる。
汗だくで、疲れているようだったが、それでも笑っていた。
「あのな。お前が何を悩んでるのか知らないけど……俺が全部、大丈夫にしてやるから」
そう言って、九龍は俺の頭を引き寄せ、胸に抱え込む。
「だから心配するな。絶対に、大丈夫だから」
「……」
何が、大丈夫だ。
何も知らないくせに。
何も分かっちゃいないくせに。
九龍の背中に手を回しながら、俺は泣きたい気分だった。

九龍。
俺はそんな約束など欲しくは無いんだ。
俺はお前に、何も誓わない。
俺はお前に、何も約束しない。
だからその時が来たら、ただ笑ってくれればいい。
馬鹿で、最低な俺を、腹の底から嘲笑ってくれ。
笑いながら、お前の手で―――殺してくれ。

- end -

2007.06.14


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