My Sweet Darlin'


ベッドに潜り込んだ瞬間、暗い部屋の中に聞き慣れたメロディが鳴り響いた。
H.A.N.Tの着信音だ。
「ごめん、ちょっと」
隣りにいる甲太郎の上を乗り越えて、ベッドから降りる。
多分、あまりいい知らせでは無いだろう。
テーブルの上に置いてあったH.A.N.Tを起動させて、メールを開く。
残念なことに、予感は的中してしまった。
「……明日、行かなきゃならなくなった」
溜息混じりに告げると、
「そうか」
甲太郎の低い声が返る。
久し振りに取れた長めの休暇は、予定より二日も短くなってしまった。
これで甲太郎の誕生日を一緒に過ごすことは出来なくなった。
けれど仕事が入ること自体には、感謝しなくてはならない。
協会での俺のランクは上がりつつあるが、経験で言えばまだまだ新米ハンターの部類なのだから。
「ごめんな、甲太郎」
「気にするな。仕事じゃ仕方ないだろ」
もう一度甲太郎の上を乗り越えて、ベッドに潜り込む。
以前、手前側で寝ていて、ベッドから落ちたことがあった。
散々馬鹿にされたけど、それから甲太郎は俺を壁際にしか寝かせてくれなくなった。
布団の中は甲太郎の体温で、僅かに暖かくなっている。
四月に入ったとはいえ、夜はまだ少し冷えた。
「……甲太郎」
なんとなく、腕にしがみついてみる。
「あったかいなぁ」
甲太郎が生きていることを実感する。
隣りにいてくれることを感じる。
俺がそのまま目を閉じていると、甲太郎の掌が頬に触れた。
「なあ、九ちゃん……。お前、何かあったんじゃないのか?」
「え。どうして?」
「いや、そんな気がしただけだ」
「……」
一般的な価値観からいって普通じゃない日々を送っている者としては、何も無いと言いきってしまうには抵抗がある。
けれど甲太郎に心配されるようなことに限定するならば、思い当たるのはひとつだけだった。
俺がハンター見習いとして研修を受けているときに、トレーナーとしてついてくれたことのあるハンターが亡くなったらしいのだ。
悲しかったけれど、甲太郎にそんな話をしても仕方が無いと思って黙っていたのに、 やはり俺はいつもと違っていたのだろうか。
それとも甲太郎が、察しがいいだけなのだろうか。
ともかく俺をそのことを、甲太郎に話した。
「……奥さんと子供の話なんかも聞いてたからさ。 もう随分と会ってなかったけど、やっぱりショックだったよ」
「ふぅん……」
甲太郎が俺の髪を撫でる。
それが気持ちよくて、また目を閉じた。
暗闇の中で、甲太郎の掌の温もりだけを感じる。
「……俺はその人と同じ立場だから、待っていてくれる人の存在が、どんなに心強いか分かるよ。 でもそれって……狡いことなのかもしれないと思って」
「……」
こんな仕事を選んだのは自分自身だから、何があっても仕方が無いと覚悟している。
けれどこんな仕事だからこそ、自分の帰りを待つ存在を敢えて作らないことが、本当の優しさなんじゃないだろうか。
そうすれば仕事の度に、不安な思いをさせずに済む。
万が一のとき、誰も悲しませずに済む。
彼の訃報を聞いて以来、俺はそんなことばかり考えていた。
「……だからって俺に、待つな、なんて言うなよ?」
目を開けると、怒っているような甲太郎の顔がぼんやりと見えた。
「お前がなんと言おうと、俺は意地でも待つからな。お前の勝手にはさせないぜ」
「甲太郎……」
違うんだ。
本当は、俺はそれでも甲太郎に待っていてほしいんだ、と言いたかった。
そんな自分の狡さが嫌になったんだよ、と続けるつもりだった。
けれど甲太郎の方からそう言ってくれたことで、俺の気持ちは随分と軽くなってしまった。
思わず口元が緩んだけれど、甲太郎はまだ怒ったような顔をしている。
「それからな。お前はもう少し、俺に甘えることを覚えろ」
「えっ」
俺は驚いた。
そんなことを言われるとは思ってもみなかったから。
「でも俺……充分、お前には甘えてると思うんだけど」
「こっちはそう感じてないんだよ」
甲太郎は小さく舌打ちして、俺の頬をつねった。
「イテテテ」
「何かあってもすぐに強がったり茶化したり……そういうのは、いい加減やめろ。お前の悪い癖だ」
「癖……」
そうなのかもしれない。
今まで他の誰かに、心から気を許したことなど無かったから。
いつも心の中に境界線を引いて、それ以上踏み込まれないよう、自分も踏み込まないよう自戒してきた。
この仕事を選ぶ前からそういう面はあったけれど、身分を隠さなければならなくなって、それに拍車が掛かったのかもしれない。
甘えたことなどないから、甘え方も分からないし。
「甘えるって……どうすればいいのかな」
俺が言うと、甲太郎はますます眉間に皺を寄せた。
「そんなことは自分で考えろ」
「えーっ」
「言っておくが、甘えるのと我侭とは違うからな」
「……難しいなぁ」
本気で考え込んでしまう。
すると甲太郎が、ようやく笑顔を見せてくれた。
「まあ、どうせ隠しても分かっちまうんだから、無駄な抵抗はよせってことだ」
「……なんだか嬉しいなあ。そういうこと言われるの」
「バカ」
俺は甲太郎に抱きついた。
「甲太郎……」
温もりがこれほどまでに嬉しいのは、死と隣り合わせの日々を送っているからだろうか。
胸に顔を埋めていると、顎を掴まれた。
俺は顔を上げ、甲太郎と自然に唇を重ねる。

どこもかしこも触れていたい。
ほんの少しの距離も、離れていたくない。
腰を引き寄せられ、足を絡めあう。
背中に手を回して、もっともっと近づこうとする。
苦しくても、その苦しささえもたまらなく愛しく感じた。
甲太郎に会えて良かった。
甲太郎が俺を受け入れてくれて良かった。
なんだか泣きたくなる。
俺達は忙しなく着ているものを脱いで、また抱き合った。
触れている場所の全てが、甲太郎を欲して震えている。
肌を重ねるだけで、どうしてこんなにも幸せになれるのだろう。
甲太郎も俺と同じ気持ちでいてくれてるといいのだけれど。
突然あの学園で過ごした日々を思い出して、俺はほんの少しせつなくなった。
「甲太郎……今、幸せ?」
「……さあ、な」
はぐらかすような返事に、思わずムッとする。
けれど甲太郎はそんな俺の反応さえ予想済みとばかりに、にやりと笑った。
「お前のイヤラシイ声を聞けば、幸せになれるかもな」
「バッ」
バカ、と言おうとしたところで、甲太郎が俺のものをきつく握り締めた。
「う、あっ……!」
「そうそう、その調子だ」
「……っ」
甲太郎は俺の唇を舐めながら、ゆっくりと手を動かした。
「…あっ……は………あぁ……」
無意識に、同じリズムで腰が動いてしまう。
さっきの甲太郎のセリフを真に受けたわけではないが、俺は声を抑えることもせず、猥らに息を弾ませた。
「甲太郎……甲太郎……」
たまらず甲太郎の頭を引き寄せ、無我夢中でくちづける。
暗い部屋の中、二人の間だけ、空気が密度を増していった。
湿った舌の絡み合う音と、互いの荒い呼吸音が、耳の奥に響く。
「九龍……」
甲太郎が離れ、体を下にずらしていく。
柔らかな唇の感触は胸の上を掠めるように通り過ぎ、やがて甲太郎が握り締めていた俺のものに辿り着いた。
先端に唇が触れたと思うと、そのまま口に含まれる。
「あっ、はぁっ……!」
コレをされると、すごく気持ちいいんだけど、同時に申し訳ないような気持ちになってしまう。
本当は甲太郎だって、ここまでしたくないんじゃないだろうかと。
だからといって俺は抵抗するわけでもなく、結局その快感に飲まれていく。
「ん、あっ、はぁ……甲、太郎……っ…」
柔らかい髪に指を絡めて、甲太郎の名を呼んだ。
甲太郎の唇が、舌が、俺を乱れさせる。
執拗に攻め立てられ、俺は今にも達してしまいそうになって、身を捩った。
次第に、体が離れていることが寂しくなってくる。
早くこっちにきて繋がってほしくなる。
「甲太郎……もう、ダメ……早く……」
俺がせがむと、ようやく甲太郎が中に入ってきてくれた。
この瞬間が、たまらなく好きだ。
甲太郎のきつそうな、けれど昂揚した表情が俺を煽る。
初めの頃の身を裂かれるような痛みはもうなくて、今あるのは喜びだけ。
甲太郎が俺を欲してくれることが、たまらなく嬉しい。

繋がっている間も、俺は必死で甲太郎の背中を抱き寄せていた。
唇が触れあう距離にいながら、俺は貫かれる快感に喉を見せて喘ぐ。
ついきつく閉じてしまう瞼を時折開けては、甲太郎の顔を見上げた。
真剣に俺を求めてくれるその瞳を見るだけで、嬉しくて仕方が無い。
「……甲太郎…もう……イッて、いい……?」
息も絶え絶えに尋ねると、甲太郎が微笑んだ。
「ああ……いいぜ」
甲太郎の動きが速くなる。
体の奥から、何かが込み上げてくる。
「あ……もう………あっ、はあっ、」
「イけよ……」
「ん、んッ……あ、あぁ―――あッ…!」
中心を貫く快感に、体が大きく震える。
熱いものが弾けて、自分の肌の上に飛び散るのが分かった。
同時に俺の上で、甲太郎も短く声を上げる。
俺は熱に浮かされたような感覚の中、甲太郎が達する瞬間の顔を見つめた。
それはきっと、俺だけの特権。
甲太郎は唇を噛み締めながら、俺の中に全てを放った。

甲太郎がどさりと俺の上に圧し掛かる。
激しく上下する胸を重ねながら、 俺達はただ放心していた。
―――甲太郎、愛してる。
口に出すのは恥ずかしくて、心の中だけで呟く。
けれどその後すぐに甲太郎がキスをしてくれたから、まるでそれが通じたみたいで嬉しかった。
「……幸せに、なった?」
「ん? そうだな……」
俺が尋ねると、甲太郎はわざとらしく間を空けて答えた。
「カレーを食ってるときと同じぐらいには、幸せになったぜ」
「……それって、かなり幸せってことだよな?」
「お前もだいぶ分かってきたじゃないか」
「喜んでいいのか、分かんねぇ!」
二人で笑いながら、ふざけるみたいに何度もキスを繰り返す。
また帰ってくるから。
帰ってきたいんだ、ここに。
だから、待っていてほしい。
お前が待っていてくれる限り、俺は強くなれるんだ。
頼んだよ―――俺の大切な、愛しい人。

- end -

2007.04.01


Back ]