愛と嘘とガーターベルト


皆守はリモコンを手に取ると、溜息混じりでテレビのスイッチを切った。
明日の最低気温を告げようとしていた若い女性の声は途切れ、灰色になったブラウン管にはベッドに凭れて座っている皆守自身の姿が映った。
九龍は相変わらずパソコンの前から動かない。
仕事が終わるまで少し待ってくれと言われてから、もう一時間近くが経っていた。
特に用があって来たわけではない、放っておいてくれて構わないとは答えたものの、さすがに苛立ってくる。
これなら自分の部屋でテレビを見ているのと変わらないじゃないか。
そう思うならば自室へ戻ればいいものを、そうする気にもなれない。
パソコンの起動音が急に耳障りなものに感じられて、皆守は舌打ちした。
「……ごめん。もうすぐ終わるから」
舌打ちは九龍の耳に届いていたらしい。
皆守は少々気まずい気分になりながらも、何も答えなかった。
あくびをひとつして、緩く首を回す。
そのとき落とした視線の先に、何かがあった。
「……?」
ベッドの下から、黒い紐のようなものが覗いている。
皆守は何も考えず、その端を摘まんで引いた。
ずるずると姿を現した、それは―――。
「……おい。なんだ、これは」
「ん?」
九龍が振り返った。
そして、答える。
「ガーターベルト」
「……」
皆守が手にしていたのは、そう呼ばれる女性物の下着の一種だった。
しかも色は黒。
皆守自身も、そういえばそんな名前を聞いたことがあるような気がしなくもなかった。
しかし今の問題はそういうことではない。
何故、そんな物がこの部屋にあるのか。
いくら九龍が普通の高校生ではないからといっても、余りにおかしくはないか。
確かにこの部屋にはおかしな物が溢れている。
鞭に爆弾、武者鎧から隕石まで。
そうだ。
ガーターベルトくらいでなんだ。
今更驚くようなことじゃない。
もしかしたら、これも宝の一種なのかもしれないし……。
いや、違う!!
そんな訳が無いだろう。
九龍があまりにも平然と答えたので、危うく騙されかけていた皆守が漸く我に返る。
「俺が聞いてるのは、そういうことじゃなくてだな」
「え、もしかして使い方を知りたかったの?」
「違う!」
「じゃあ、なんだよ〜」
九龍はパソコンの電源を落とすと、億劫そうに椅子から立ち上がった。
そしてガーターベルトを手にしたままの、皆守の隣りに腰を下ろす。
「なに? なにが聞きたいの?」
「だから……こんな物がここにあるのは、どう考えてもおかしいだろうが」
皆守は呆れたように言うが、九龍は納得出来ない様子で首を傾げる。
「そうかな? 可能性なんていくらでも考えられるじゃない。 実は俺に女装趣味があるとか、女子寮からゲットトレジャーしてきたとか、あとは……女を連れ込んでるとか?」
「……ッ」
最後のフレーズに皆守が絶句した瞬間、九龍は声を上げて笑い出した。
「あははは!! 嘘、嘘。冗談だって」
そして九龍はこのガーターベルトがここに存在する理由について、皆守に滔々と語った。
これはクエストの依頼人である女性が、お礼と称して勝手に送ってきた物であること。
女性は最近ご主人を亡くされた、寂しい人であること。
依頼人が、望む品を届けてくれる《宝探し屋》に、ある種の夢を抱くのはままあることなのだということも。
聞き終わると、皆守はアロマに火をつけ、嗅ぎ慣れたその甘い香りを深く吸い込んだ。
「まったく、お前は……。初めから、そう説明すりゃいいんだ」
「んふふふ」
九龍は皆守の肩に顎を乗せて尋ねる。
「もしかして……妬いた?」
「……」
しばらくの沈黙の後、指で額を強く弾かれた。
「んなわけねーだろが」
「イテテ……」
九龍は額を擦りながら、顔を顰める。
それでもあの皆守の動揺しきった顔は、絶対に忘れられないと思った。
反対に面白くない気分の皆守は、わざと嘲るような口調で呟いてみせる。
「しかし……依頼する側は宝探し屋に妙な夢を見てるんだな」
「そりゃあ、ね。欲しい物を命懸けで探してきてくれるんだから。仕方ないでしょ」
「フン。何かを創り出すわけでもなく、既にそこにあると分かっている物を取ってくるだけだっていうのにな。生産性が無い仕事だぜ」
九龍の仕事振りを一番傍で見てきた皆守には、宝探し屋がそんな単純な職業ではないことぐらい分かっていた。
それでもそんな風に言ってしまったのは、からかわれたことに対するささやかな仕返しに過ぎなかった。
しかし当然のことながら、九龍は身を乗り出して反論してくる。
「それは違うよ。宝ってのは、それに相応しい場所、相応しい人間の元にあって初めて宝になるんだ。 宝探し屋ってのは、宝に相応しい価値を与えるための仕事なんだって」
「……こじつけだな」
「!」
斬り捨てるような言い方に、さすがの九龍もカチンときた。
更に身を乗り出して、皆守に挑戦状を突きつける。
「じゃあ、甲太郎が欲しい物を言ってみな。そう簡単には手に入らないようなものをさ。 俺がそれを探してくる。そうすれば依頼主の気持ちも、俺の言ってることも少しは分かるかもしれないよ?」
「俺が欲しいもの?」
皆守はしばらく天井を見上げながら考えていた。
それからゆっくりと九龍のほうに顔を向け、真っ直ぐに瞳を見つめながら言った。
「お前が、欲しい」
「……」
時間が止まった。
ついでに九龍の心臓も止まった。
一瞬だけ。
「……なーんて、言うとでも思ったか?」
「!!!!!」
にやりと笑われて、九龍はみるみる顔を赤く染めていく。
「嘘だと分かってるのに、こんな……!! くそっ!!!」
九龍は身を捩り、ベッドを拳で叩きながら悔しそうにわめいた。
それを見て、皆守は勝ち誇ったように笑う。
「お前ってほんと、バカだな」
「うるせー……」
「俺に変な夢見るなよ」
たとえ本当にそう思っていたとしても、俺がそれを口にするわけがないじゃないか。
口にしたところで手に入るはずもないのだから。
(―――そうだろ? 九ちゃん)
ベッドに顔を伏せたままの九龍を横目で見ながら、皆守は思わず苦笑する。
すると不意に九龍が呟いた。
「……そんなの、お互い様だろ」
「……あ?」
どういう意味だ、と尋ねようとしたところで九龍が勢いよく顔を上げてしまい、きっかけは失われた。
九龍はさっきベッドの下にしまったばかりのガーターベルトを再び引っ張り出すと、いかにも楽しそうに早口で喋りだす。
「でもさー、これ面白いんだぜ! 装着するとH.A.N.Tのナビ音声が変わるの。不思議だと思わない?」
「……俺は、それを何故お前が知っているのかということが不思議でならないがな」
「……あ」
着けてみたのかこの変態が。
一回だけだ一回だけ。

夢見がちな少年達の夜は、賑やかに更けていった。

- end -

2006.04.10


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